『KT』(2002 日本・韓国合作)

監督:阪本順治、出演:佐藤浩市、キム・ガプス、筒井道隆、チェ・イルファ原田芳雄
1973年8月8日。東京のグランドパレスホテルで一人の男が拉致された。男の名は金大中(Kim Tae-jung)。その二年前、韓国大統領戦で失脚したが、後に韓国大統領に上り詰めた男である。『KT』とは彼の頭文字。
この実際に起こった拉致事件を元に、大胆なフィクションとして作り上げられたのが本作『KT』である。そのフィクションの元のアイデア中薗英助の『拉致』が原作ということになっているが、正確には翻案という感じ。
日本映画でここまでシリアスなポリティカルサスペンスというと、先日亡くなったばかりの小林久三原作の『皇帝のいない八月』を思い出す。あの作品は自衛隊のクーデターがテーマとなっていたが、この作品でも主人公は自衛官。日本でポリティカルサスペンスを撮ろうとすれば、やはり自衛隊問題は避けて通れないらしい。
自衛官である富田(佐藤浩市)は、三島由紀夫の自決にシンパシーを感じ(それどころか、三島とともに決起しようとしていた)、軍隊として認められず日陰者の存在でしかない自衛官であることに不満を持ちながら職務を遂行していた。
そんな生活に耐え切れず退官を願い出た矢先、最後の職務としてKCIA(韓国情報部)の金大中(チェ・イルファ)拉致計画に関わることになる。だが、KCIA金大中を暗殺しようとしていることを知り、日本側(自衛隊)は手を引こうとする。日本と韓国の狭間で揺れ動く富田。そして狙われた金大中。任務が失敗すれば命がなくなるKCIAの金車雲(キム・ガプス)。男たちの運命が行き着く先はどこに。
とにかく徹頭徹尾シリアス。今でこそ『亡国のイージス』を見た後だから阪本順治がこうした映画を撮っていても何の不思議もないが、これが2002年、そう日韓ワールドカップの直前に撮られたということに驚く。それも日韓合作映画である。よく韓国側が了承したものだと思う。だが、やはり公開当時はあまり話題になった記憶もないし、配給も少なかったようだ。
金大中という人間は私にとって見れば韓国の前大統領であり、ワールドカップで高らかに開会を宣言した人物であって、金大中事件については知識としては知っていたが、まさかこのような経緯(フィクションだとしても根底にある政治的な流れは事実であろう)があったことは知らなかった。
登場人物は全て、なんらかの形で国家、政治の力によって捻じ曲げられており、客観者である新聞記者の神田(原田芳雄)や、一方的な被害者に見える韓国人女性(キム・ウニョン)にしても、決して単純な「正義」や「善」の側の人間としては描かれない。特に際立つのは日本人の下卑た描写である。韓国との合作という影響もあったのだろうが、阪本順治は日本人を激しく貶める。主人公の自衛官は自分の勝手な信念で動き、女性を傷つけるような言葉を吐くし、その上司(柄本明)、というよりも自衛隊が如何に腐ったものであるかを見せ付ける。同様に政府関係者、外事課といったような日本側の権力者は一様に無様かつ醜悪な存在として描かれる。
逆に韓国側は、拉致、暗殺という血生臭い非人道的な行為を請け負いながらも人間的な存在だ。中でも特に金大中というこの物語のキーマンについては、ある種のカリスマとして描かれ、彼がこの後、大統領まで上り詰めた事実を知っている身としては一瞬「スゴイ人だ」と単純に思い込みそうになる。
こうした見立てがありつつも、本作は娯楽作としてのスリリングな展開を保ち、途中途中でかつて韓国で拷問を受け日本に逃れてきた韓国人女性や、日本で生まれ育ったがゆえに韓国語を読むことも喋ることもできない在日二世(筒井道隆)の姿を挟み込むことで単なるドキュメントではなく、映画として成り立っている。
金大中事件という韓国側にとっての大事件を描きながらも、「これがオレの戦争なんだ!」と叫ぶ富田という自衛官を主人公に置くことによって、日本の問題点を浮き彫りにし、韓国と日本、という隣国同士の間に流れる深くて流れの早い川を意識させることに成功している。
登場人物たちはそれぞれの思いを持ちながらも最終的には国家の権力、もっといえばアメリカや世界の政治の流れに踊らされ、堕ちていく。だがしかし国家権力も所詮は人間の感情から生まれたものに過ぎない。それを「国家」という言葉で上っ面を塗り固めて誤魔化しているだけである。その安っぽさ。その意味において阪本順治が『新・仁義なき戦い』の後にこの映画を撮ったということが面白い。
だが、日本が基本的にそうした政治的、愛国的な意識自体が低いということが、逆にこの映画では見えてしまった。というのは、やはり『シュリ』、『JSA』、『シルミド』といった映画と比べると、その切実感、そして熱気に劣ることは明らか。それが日本の特性といってしまえばそれまでだが、阪本順治佐藤浩市といった一流の映画人を持ってしても、韓国側の持つポリティカルサスペンスの魅力には及ばない。日本映画としてはまさしく秀作ではあるが。
佐藤浩市演じる富田の名前が満州男、原田芳雄演じる神田の名前が昭和、など、いかにもな名前を配したのはメタファーなのか韓国側への配慮なのか。そんなことも考えながら見ると、様々な思惑、映画の中だけでなく、映画の製作自体の思惑に想像がいって面白い。
ラストの銃声は映画としては少々ありきたりな演出だが。あの銃声を発したのが一体誰だったのかを想像させるという意味では面白いかもしれない。

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