『少年検閲官』北山猛邦 【bk1】

けだしアンビバレンツミステリ。作者の迷いと決意が一体化。
シャマラン監督の『ヴィレッジ』としか思えないような(というか確信的にやっている)プロローグから物語は始まる。ここで描かれるのは「書物」が全て捨て去られた世界。そこで起きる不可思議な事件。「ミステリ」が存在することを許されない世界で起こった事件は、奇妙な方向に捩れていく――。
かつて悪書追放運動(→Wikipedia)というものがあった。我々は歴史の授業で焚書という存在を学ぶが、そう遠くない過去、実際に焚書、検閲という嵐が吹き荒れた時代が確かにあったのだ。
いわゆる宮崎勤事件以来、マンガ・アニメ・ゲームといったものに対する風当たりは強くなってきており、その中でも特に性風俗表現および残虐描写に関しては政治家まで巻き込んでおり、現代の焚書はますます現実化を帯びてきている。
そうした背景を踏まえてみると、この作品で描かれる「書物のない世界」というのもあながち突飛な設定と笑うこともできない。作者の北山猛邦がどこまで意識したのかはわからないが、少なくとも「失われつつあるミステリ」に対する危機感はどこかにあったはず。それと同時に「失われつつあるミステリ」という世界の中で自身が矜持を持ってミステリを書き続けるという決意の表れにも読める。
この物語はまさしく一人の少年の冒険譚だ。彼が手に入れるのは宝物でも指輪でも真理でもなく、「ガジェット」。失われた世界に光を取り戻すために少年は旅を続ける、というものであってほしい。その意味では、こうした作品がミステリーランドで書かれてほしいなあ、とも思う。同時にシリーズ化してほしい。少年と一緒に失われた(つつある)ミステリの欠片を集めよう。
とまあ思うわけだが、残念ながらそこまで子供向けということを意識して書かれた作品ではない。無論、ミステリーランドではなくミステリ・フロンティアなのであるから、それは仕方がないことである。ただ、そうした読み方をしてしまいたくなる。その点でいえば内容と描写のバランスをやや欠いているとは感じた。もっと子供寄りに書かれていれば素直に楽しめるし、子供を意識しないのであれば、もっと精緻でもよかったと思う。
ミステリとしても、パラレルワールドとしての設定のポイントポイントで違和感を感じさせるのに、実はそれがある程度伏線として働いていたり、いわゆる「新本格」的要素を充分に満たしていたりとかなり楽しめる。しかし、一部には違和感として残ってしまうだけのポイントもあり、もったいない。いや、前述したようにバランスの問題で、これが少年少女向けに書かれていればそこまでは思わないのだが。ただまあ、これは私の読み方の問題か。
でもまあとにかく、少年の旅立ちは始まったばかり、次に彼が書き込まれる事件はなんなのか、そこで巡り会う人物はどんな人なのか、そして手にする「ガジェット」はどんなものなのか。続きが書かれるのかどうかはわからないが、勝手にシリーズ化を夢想したい。

少年検閲官 (ミステリ・フロンティア)

少年検閲官 (ミステリ・フロンティア)