『レックス・ムンディ』荒俣宏(集英社文庫)(ISBN:408774261X)

ダヴィンチ・コードダン・ブラウンの熱狂のどさくさに紛れて重版されたと思われる。帯にどどーんと「『ダヴィンチ・コード』を超えた興奮!」と書いてあるから間違いないだろう。
帝都物語』という作品は「小説」というジャンルを越えた「フィクション」という世界の中で、最上級の興奮を味合わせてくれた一作となって君臨している。同時にまた博覧強記としての荒俣宏という人物も尊敬している。しかし、ここしばらくは荒俣宏の「小説」には手を伸ばしてこなかった(評論やノンフィクションについては刊行されれば買っていた)。その理由としては、やはり荒俣宏という人物は、博物学者や評論者として一流なのであって小説家としては一流ではない、ということが大きい。まあ、ズバリ言っちまえば文章が今ひとつなんですな。とはいえ、それを補って余りあるだけの材料があることも事実なわけで、この本を手に取った最大の理由は「驚天動地のホラ話」を読みたくなった、ということに尽きる。『ダヴィンチ・コード』は高くて買えないし(笑)。
この物語のメインテーマは、「聖地」と「神の復活」というものである。そして、いつもの荒俣節で、種々雑多の真実という餌をばら撒いて、それらを強引に(けれど読者にとっては自然に)繋げていくことで「もしかして」という気持ちにさせる。更に荒俣宏の凄いところはそこに最新科学(本書では医学)を持ち込むことで理論固めをすることだ。これだけされると疑う方がおかしいんじゃないかという気になってくる。私のようにこうした壮大な「ホラ話」が好きな人にはオススメ。『ダヴィンチ・コード』を超えたかどうかは私にはわかりかねますが。
そんなわけで本書も大変楽しく読めたわけだが、やはりどうしても「帝都物語」が頭に残っているせいか、突き抜けた面白さにまでは至っていない。メインテーマは「聖地」と「神の復活」と書いたが、実はその二つに関してもややブレている。一本芯の通ったストーリーになっていない。あとはなんといっても加藤保徳に匹敵するキャラクターがいないってことかな。主人公の青山譲を始め、キャラクターにあまり魅力が感じられない。っていうかレイラインハンターとしての腕を見込まれたはずの主人公が様々な場面で知識的に「?」と思わせたり、今さらその事実にぶち当たるのかという点もいくつかあって素直に物語りにはまれなかった。
そうはいってもこうした「ホラ話」はやはり面白い。既にある事実を、それ以上の想像力で捻じ曲げる喜び、それは他では味わえないと思う。単なる小説とは違い、荒俣宏の小説にはそれがある。考えてみるに、『帝都物語』の面白さとは、既にある「歴史」というもの、更には歴史上の偉人というものに対して、壮大な「嘘」をついたことが最大の面白さだったのだと思う。起こった事実はそのままに、その裏ではこんなことが、という部分に最も興奮したのだ。そういえば『帝都物語』でも未来編になってからは格段に興奮が減少した記憶がある。
やはり荒俣宏には「確定している事実」に対する「大いなる嘘」を期待してしまう。そんなことが出来るのは日本では荒俣宏だけだろう。『帝都物語』の新作が出るとか出ないとか噂されているがどうなのだろうか。楽しみでもあり、不安でもある。