『HEARTBEAT』小路幸也(東京創元社、ミステリフロンティア15)(ISBN:4488017150)

RE-QUINさんこと小路幸也の最新刊(五作目)。いつものように客観的にはなりきれないレビューを書くとしよう。
実をいうと本書の第2稿のゲラを一ヶ月前に読んでいたので、これが既に再読ということになる。ゲラが2稿だったこともあり、再読してもあまり変化は感じられなかった(比較はまだしていない)。というわけなので、再読とは考えず初読のつもりで。
10年前の約束を果たすため、ニューヨークから日本へと舞い戻った《委員長》。しかし、約束の場所にヤオは現れなかった。高校時代の友人だった巡矢の手を借りてヤオを探し始める。
一方、財閥の子供して生まれた少年・裕理の周りでは母の幽霊が姿を見せる。母は本当に死んだのか?。それとも。
《委員長》の背負う過去と少年の未来、別々の物語がやがて交錯し始める。
作曲家に黄金律があるように、作家にも黄金律のようなものが存在する。宮部みゆきにとっての老人と少年。北村薫にとってのイノセントな少女と庇護者。小路幸也にとっては少年(達)と世捨て人(のような人)ということになるだろうか。しかも今回は、この関係性が輻輳的に重なり合う構成となっていて、小路幸也らしさが存分に表されている。まずその点に非常に満足。
今回はミステリ・フロンティアというレーベルから出版されるということで、どれだけミステリしているか、というのも一つの焦点だったが(とはいえミステリ・フロンティアはそこまでミステリしている作品はあまりないけど)、その点ではこれまでの小路幸也の著作の中では最もミステリしているといえるだろう。謎自体の吸引力は弱いものの、別々の事件がやがて絡まりあうといったミステリ的趣向や、主人公の《委員長》が語るニューヨークの記憶など、別のところでの吸引力がそれに変わって発揮される。
そして、事件解決を経て明かされる物語の真実。正直、「まさかRE-QUINさんがこんな手を!」というのが第一印象。予想していなかっただけに驚いた。ただ、個人的な趣味としては全面的に肯定できる衝撃ではなかったけど。いや、衝撃自体は問題なんだけど、伏線としてゴニョゴニョゴニョ…。この辺は言及し難い部分だなあ。言わんとすれば、ミステリとしてのまとめ方は決まっているけど、その分、前振りにミステリとしてのお行儀が足りない、とでもいうところだろうか。これが逆にミステリ的にまとまっていなければ、自然に受け容れられたのに、と思ってしまった。この辺りは多分に個人的な趣味やミステリ史観が入ってしまうので、多くの人にとっては問題ないところかもしれないが。ただ、その真実を受けてのエンディングはお見事。これに関してはもう「RE-QUINさんらしい」と思った。やっぱこうでなくちゃ。
いくつか気になった点。
ひとつは、主人公と裏主人公(?)の言い回しの点。やたらと「かもしれない」「〜みたい」「なのだろう」といった言い回しが目立つ。キャラクター的にはまったく問題ないとは思うのだが、読者としてはどうしてもはぐらかされてる感じが印象として残る。これが特にミステリだと思って読んでいるからかもしれないが、一人称での地の分でハッキリしない部分が多く残るのはどうにもスッキリしない。文章表現的にもちょっと多用しすぎな気がする。この表現のおかげで全体が柔らかく、読みやすいものにする(いちいち説明口調になったりしない)という目論見は成功していると思うのだけれど。物語が輻輳的に語られる分、しつこく感じたのもあるかもしれない。
もう一つは、上記にも多少関係してくるが、やはり謎が多く残る。多くは言いすぎだが、作品の肝となる部分で二点「なぜだろう」という気持ちが残ってしまうのは残念。これまでの作品でも登場人物(達)が持つ特殊能力については殆んど言及されることはなかったので、そこは問題ないとしても(実際そこは気にならない)、再読してやはり思うのは、真相に行きつくに当たっての仕掛けが少なすぎると思う。厳密には「謎」というわけではないが、やはり衝撃に値するだけの準備がなんらか欲しかったし、それを受けて読み返すと余計に「証拠」が足りない。これはまあ、満足度を更にあげるための要求であって、必要最低限という話ではないのだけれど。
気になった、とはいっても読んでもらえばわかるように細部の問題で、小説の総体に大きな影響を与えるものではないです。普通のレビューだったら書かなかったかもしれないけど、ま、RE-QUINさんだから書きました(笑。今後への期待も込めて。期待という意味ではもう少し男女の恋愛に踏み込んだ話も読んでみたいけど。個人的には三人の関係性(どちらも)はちょっと不満が残りましたし。
余談ではあるが、読んでいる間中むず痒い気持ちになったのは、私自身が未だに高校時代の人間と会うと(滅多に会わないけど)「委員長」と呼ばれるからです。というか名前を覚えてもらってない。「委員長って苗字なんだっけ?」とか聞かれたことある。切ない。