『扉は閉ざされたまま』石持浅海(ISBN:4396207972)

冒頭、というか第一章でいきなり殺人が行われる。
大学時代のサークル仲間が集まったペンションでの同窓会で、主人公である伏見は後輩を事故に見せかけて殺してしまう。本作は犯人を主人公、しかも一人称視点にした倒叙ミステリーである。
しかし、ここでミステリとして語られるのはタイトルの通り「扉は閉ざされたまま」の状態についてのみといってよい。犯人の伏見以外は誰も人が死んでいるとは思っていない。「なぜ彼は部屋から出てこないのか」。ノベルス一冊、薄いとはいえ、長編として語られる謎としては非常に小さく、お世辞にも魅力あるものとはいえない。だが、たったそれだけの話なのになぜか惹き込まれて読んでしまうのだ。
本書の面白さの要因は(私にとって)二点ある。ひとつは、犯人の一人称視点を余すことなく活かした、思考のトレースにある。謎が小さく、しかも大きな展開もないために、逆に事細かに、小説でありながらリアルタイムに近い感覚で犯人の思考がトレースできるのである。会話の一言一言に、行動の一つ一つに、「自分の行動や言動はこれで問題ないのか?」という問いかけをなし、周りの反応に一喜一憂する。そこに途轍もない共感性が生み出されている。このスリルは素晴らしい。
そして、もう一つは、伏見に対抗する相手として用意された優佳との微妙な関係性と駆け引き。特に、大学時代の二人が互いの間に存在する溝に気付いてしまったエピソードにはとてもシンパシーを感じた。自分がこういう人間というわけではないのだが、この「ズレ」みたいな感覚は誰しも似たようなことを感じたことがあるんじゃなかろうか。そして、それを踏まえた上で展開されるラストまでの流れは「参りました」としか言い様がない。これまた『水の迷宮』以上に賛否両論ありそうな問題作だよなあ。個人的には、今回もまた肯定派です。
上記に点があまりに素晴らしいために、その他の部分は目を瞑ってしまう。正直、ミステリ的には不完全燃焼な部分もあるし、特に肝となる動機に関しては他の方も指摘していたように「おいおい」とツッコミたくなるほどだ。
それと前年なのは初期三作に見られたような「ストーリー」と「物語」の関係性が今回はあまり感じられない、ということだろうか。ないわけではないのだが、やはりこれは動機の問題が絡んでくるのかなあ。その意味では小説としての「奥行き」はあまり感じられない。ただ、本作の面白さはそこにないので不満というほどではなかったが。
それでも個人的には本作を肯定した上でオススメとする。ミステリとしては不十分でありながら、それでもミステリ小説としてこれだけの面白さを満たすというアンビバレンツを是非お楽しみいただきたい。これは一種のゲームですよ。