『氷菓』米澤穂信(ISBN:4044271011)

こんなところに妖精が。
というのはもちろん米澤穂信の『さよなら妖精』のことですが。私はこれまで米澤作品は『さよなら〜』しか読んでいなかったので、まさかデビュー作となる本作の時点でここまで形が出来上がっていたということに驚き。そうか、これが先にあって『さよなら〜』は書かれたのか。
年齢の割りにシニカルで論理的な分、感情的なものに弱い主人公・奉太郎はそのまま『さよなら〜』の主人公に投影されるし、好奇心の猛獣で豪農の娘・千反田は、好奇心の部分がマーヤ、良家の娘を白河に、口さがないけれど憎めないインテリ女子・伊原は太刀洗、主人公の良き理解者・里志は立原。見事に当てはまる。
さよなら妖精』のキャラクタ造型の良さと、そこで展開される関係というのは、デビュー作の頃から紡がれた一連の流れだったわけである。なんかそれを知っただけでもよかったな。米澤穂信という人の伝えようとしていることが少しわかった気がする。
物語としては、高校生になり、姉(最後の手紙がサラエヴォから投函されているというのも意味深だ)の奸計によって廃部寸前の古典部に入部することになった主人公が、同じく「一身上の都合」によって古典部に入部した千反田の長年の悩みを解決する、というお話。奉太郎が最初に小さな謎解きをすることによって、半ば強引に探偵役に仕立てあげられていく様がなかなかよい。スニーカー文庫だからラノベといって構わないと思うのだが、ここまでちゃんとしたエクスキューズ(エクスキューズという範囲ではないなこれは物語の必然だ)があるというのにビックリ。最終的にはタイトルにもなっている「氷菓」という言葉の謎に迫るわけだが、この辺りのミステリ的な収束は形式的には納得いくんだけど、肝心の千反田の疑問という点から見ると「なぜ涙がとまらなかったのか」という部分にはひっかかりにくいと感じた。余談だが、このタイトルを見ると、赤川次郎の『わが子はアイスキャンデー』を思い出してしまうのは私だけだろうか。
まだこの時点では雰囲気優先ではあるものの、既に『さよなら妖精』を読んでいる身としては、作家・米澤穂信と成長と共に、登場人物である彼ら自身の成長を安心して楽しみにできるという嬉しい誤算。粗は色々あるものの、そこをツッコまず、シリーズの続きを楽しんで読みたいと思います。これもある腫の元ネタ読みだな。
なんか珍しくやたらと好意的なレビューになってますが他意はありません(といちいち断らなくてはいけないくらい普段の私のレビューは否定的なのか)。
ホントに全然関係ないんだけど、巻末の宣伝でミステリアンソロジー『名探偵は、ここにいる』が載っていて、その煽りに「本格の名手4人」というのがあって、その中の一人が鯨統一郎だったことに驚きを禁じ得ない。