『サイレント・ジョー』T・ジェファーソン・パーカー(ISBN:4151758518)

本作で2002年MWA(アメリカ探偵作家クラブ賞)を受賞し、最新作『カリフォルニア・ガール』で再びMWAを受賞したT・ジェファーソン・パーカー。2002年の『文春ベスト』で1位、『このミス』でも2位という日米での高い評価を得た作品。
9歳の時に父親に硫酸をかけられ、顔にひどい傷をおったジョー。その後、養父母に育てられるが、彼らを本当の両親のように愛し、24歳となった今では義父がかつて歩いたキャリアをなぞるように保安官助手となり、群政委員となった義父の片腕となっていた。しかし、その義父がある事件に巻き込まれ目の前で殺されてしまう。自分を地獄の淵から救ってくれた義父の復讐のため、ジョーは犯人を捜し始める。
それにしても渋い。渋すぎる話である。こんな渋い話がよくぞ『文春ベスト』や『このミス』で1、2を獲ったなあ、と思う。まあ、それだけ海外読みが少ない(年寄りが多いのか?)証拠だとも言える。
個人的にはこういう渋い話は大好きだ。なにが渋いって主人公のジョーの性格設定が渋い。硫酸でただれた顔を隠すため、常に帽子をかぶり、「硫酸ベイビー」という渾名で呼ばれることを受け入れて生きてきたために忍耐強く、そして礼儀正しさを持って世間と対峙する。クールというのとは違う、抑え込まれ、慣らされた結果の冷熱。このジョーの態度がとにかく渋くていい。嫌味を放った相手が絶句する応対である。とても24歳とは思えない物腰なのだが、彼が育ってきた環境を思えば「老成している」とか「落ち着きすぎである」という言葉で単純に括れない。この設定が巧い。
義父が巻き込まれた誘拐事件を探るうちに、義父が歩いた闇の世界を知っていくジョー。そして、実の父親との再会。さらに彼を受け入れてくれる女性との出逢いと、つまりはジョーが一人の男として巣立っていく話なのだが、内面描写がまたいい。彼が自分を見失いそうになる時に見つめる自分の心象風景、憧れてやまない美しい顔。そうした表現がまた渋いのだ。
ただまあ、自分を受け入れてくれる女性に初めて出逢い、あからさまに女に溺れていく姿はいかがなものかと思うが(とにかくやりすぎ)、これもまた今時のアメリカ小説としては標準なのやもしれぬ。この点だけが好みではないものの、徹頭徹尾渋さを醸し出している本書の雰囲気はなかなか好みであった。
ここ数年、ハードボイルドに回帰するような作品がまた増えてきたような気はするが、主人公の設定が半端で馴染めないものが多い中、本書は(一部を除いて)正統なハードボイルドの雰囲気を味あわせてくれる。文体も含めて完成度という点ではMWAに値すると思うし、日本での評価が高いのも受け入れられるが、個人的には現代にこういう話を読んで「凄くいい」とまでは思えない自分がいるのも確かである。少なくとも自分だったら1位とかには押さないだろうなあ。好きではあるけれど。
といいつつ、その理由は本作が「父と息子」という私の苦手なテーマを扱っているからかもしれない。このテーマの作品は個人的に入り込めなくてダメなんですな。渋い作品が好きな人にはオススメ。