『ダブリンの鐘つきカビ人間』PARCOリコモーション

作:後藤ひろひと、演出:G2、出演:片桐仁中越典子橋本さとし山内圭哉中山祐一朗、及川健、八十田勇一、田尻茂一、TROY、山中崇平田敦子土屋アンナ姜暢雄後藤ひろひと池田成志若松武史
私が劇場で見た芝居の中でもベスト3に入るくらい好きな芝居の再演ということもあって、数日前から、いやチケット購入時から楽しみにしていた。初演で感動、NHK教育の芸術劇場で感動、そしてDVDで感動、と何度観てもこの話しは素晴らしい。しかもこの再演では、脇を固めるメンバーはほぼ初演と同じキャストということもあり、「あの感動をもう一度」という気持ちでいっぱいだった。
テアトル銀座で座席は16列目ということもあり、もう少し前で観たかったというのが本音ではあるが、再演を観てなおさら想いを強くする。この芝居は素晴らしい。
二人の男女が旅行中に霧に包まれ、とある一軒の家に助けを求める。霧の中で聞いた不思議な歌、怪しい剣、やがて家の主人は二人に語り始める。「かつて、この森には町が存在した」ことを。
その町に突如降って湧いた謎の病気。ある人は背中に羽が生え、ある人は実際の年齢よりも年老い、ある人は知りもしない人の名前が口からついて出る。症状はまちまち、原因もわからないこの病気が蔓延したこの町を救うには「奇跡を起こす」といわれる一本の剣「ボーグマホーン」を探し出すしかない。物語を聞くうちに話しに入り込んでしまった二人の男女は、この剣を探す旅に出る。
一方町では、かつては町一番の美男子ではあったが金に汚く、町中の人間を騙していた一人の男が、病気のため、「心は美しく、外見は汚い」カビ人間となって毎日毎日鐘をついていた。そして、一人の少女は「思った言葉と逆のことしか喋れない」病気にかかっていた。この二人が出逢ってしまったことから悲しい物語が生まれる。
現代の寓話として非常に素晴らしい。カビ人間と少女、という二人が主人公ではあるのだが、決して彼らの物語ばかりが描かれているわけではない。むしろ、二人の出番は最小限に抑えられていて、恋愛ドラマとして見た場合は物足りなさを感じる人がいるかもしれない。芝居の大半(ほぼ9割)がギャグだし、それこそG2&大王(後藤ひろひと)チームのメンバーはもう好き勝手やっている。それでも、この芝居の持つ寓話性は一切損なわれることがない。むしろ、この笑いの中に垣間見える狂気こそが寓話として相応しい。
そして、狂気の集合体が生み出す悲しい結末。奇跡という名の下に訪れる空しい現実。それらが渾然となり、狂気の中でのみ存在するカビ人間の一途な愛と少女の叫び。そしてエピローグ。とにかくもうどうしようもなく素晴らしいのだ。
脚本としては、もう「思ったことと逆の言葉しか喋れない少女」という設定を生み出した時点で大王の勝ちである。この芝居ほど「言葉」というものが持つ力を違った方向性から見出してくれた芝居は他にない。「好き」「愛してる」「生きて」という言葉が、音や文字面も含めて「言葉」として意味を持っているということを改めて教えてくれる。そして、そうした「言葉」を伝えきれないことからくる切なさというのはそれこそ「言葉」では語ることができない。
初演時、水野真紀の叫びにむせび泣いた。どうしようもなく涙が溢れた。そして今回も中越典子の叫びに泣かされてしまった。「言葉」を「意味」として理解することからくる感動はそうそう味わえるものではない。
G2の演出も、ギャグ部分はもちろんだが、高さを使った構成や、相変わらずのテンポの良さといい、脚本を活かしきっていると思う。特にクライマックス場面の人員配置は見事。私はDVDで何度もこの場面を見てしまう。
役者陣だが、初演時と代わらないメンバーは、同じように、むしろ年季を重ねたことで寄り深い味わいをもたらせてくれた。その中でも池田成志が圧倒的に素晴らしい。ギャグ部分と暗い部分を両方演じる数少ないキャラクターだが、この二つの使い分けが見事。特に、プロローグとエピローグでは殆ど椅子に座ったまま語るだけだが、この時の語りが素晴らしい。ラストの余韻は初演時以上だった。橋本さとしも初演の頃は荒さと力強さが目立ったが、今回は一人の役者として力を発揮しており、伝説の剣を持ち帰ったことから生まれる最後の悲劇をキチンと摘みとってくれている。最後に中越典子を抱き上げたシーンはものすごくカッコよかった。
中山祐一朗は今回もまた「狂気」というものを観客に見せつけた。この人のこういう演技はホントに怖い。物凄く怖い。だからこそ、クライマックスの場面で彼が演じる侍従長が引き金を引く。このシーンの役者の対比がホントにいいんだよなあ。この人ほど活舌が悪くても一線に立てている役者というのはそういないと思うんですが、演出家だったらそれを差し引いても使いたくなるよね。
私の大好きな山内圭哉はやはり面白いんですが、ちょっと台詞のキレが悪かった。ここのところマチネの回を観に行くことが多いのですが、山内圭哉はマチネよりもソワレの方が絶対いいね。
そして、主役級の四人。どうしてもこの人たちは初演時のメンバーと比べてしまう。どの役も良かったし、不満はない。だからこういう書き方は本来するべきじゃないんですが、覚書として一応書いておきます。四人の中で初演時よりもいいな、とハッキリ思ったのは土屋アンナでした。私は『下妻物語』を見てないんで噂でしか知りませんでしたが、この人はいいわ。芝居のファーストシーンが土屋アンナの歌声で始まるんですが、この時点でエンクミ遠藤久美子)とは勝負あり。エンクミも凄く頑張ってたし、悪くはなかったんだけど、一瞬でこの人に引き込まれてしまった。さすがにアクションとかはもう少しだったんだけど、すれっからしな言葉遣いとか、ちゃんと自分のものにして演じていた。あとこれはエンクミのせいじゃないけど、この話にはエンクミのような活発少女キャラよりも、土屋アンナのような気の強いタイプの女の方が合ってた。関係ないけど、ホントに足が長かった。
片桐仁は、これはこれで悪くはなかった。たぶん、初演観てない人はギリジンで十分満足できたと思う。頑張ってた。ただ、初演時の大倉孝二と比べてしまうと、やはり大倉孝二の方が良かったなあ。というのは片桐が芝居の中で片桐になっちゃうんだよなあ。演技がラーメンズコントで見たのと同じ動きになってしまう。カビ人間としての演技と片桐仁としての演技がハッキリしちゃっていて、カビ人間がもつ「無垢」さが「笑い」の方に転化してしまっていたのが残念。転化しちゃった分、笑いは取れるんだけど、最後のカタルシスが今ひとつだった。まあ、大倉孝二はホントによかったし、比べるのも酷かなという気もしますが。ギリジンの動きにもう少しバリエーションがあればもっといいのに。
そして中越典子。遠目だったけど、キレイでした。ただ、このキレイさが仇になった部分もある。初演の水野真紀はメイクも含めてもう少し「田舎の女の子」っぽいところがあって、それがこの芝居では凄く活きてたんだけど、中越典子は「お嬢様」感が漂ってて、それが悪いってわけじゃ当然ないんですが、どこかで「世間知らずの」という枕詞をつけたくなってしまい、それが水野真紀と比べると残念な点。あと、カビ人間との最初の距離が、水野真紀の場合「嫌悪」だったのに対し、中越典子は「恐怖」だったのも私にとってはマイナス。これはこっちの方がいい、という人もいるような気もしますが。ただ、私が水野真紀のパワーで圧倒されたのは芸術劇場でアップを見た時が一番だったので、中越典子もDVDとかで見たら感想変わるかもしれません。良かったのは良かったし。
姜暢雄に関しては、ちょっと比べるのが酷かな。初演はなんといっても長塚圭史だったし。特に悪かったということは全然ないんだけど、やはり笑わせる、見せるという部分においては長塚圭史には敵わない。っていうか単純にカッコよすぎるせいもある。無理してコミカルにやってるように見えてしまうというか。頼りなさがいまひとつ足りなかった。
大王は相変わらずホントに好き勝手やってて、最初のシーンとかは毎回アドリブなんじゃなかろうかと思うほどだ。役者としての大王は、これか『MIDSUMMER CAROL 〜ガマ王子とザリガニ魔人〜』の二つが際立っていいと思います。
まあとにかくそんな感じで今回も感動に打ち震えてきたわけですよ。これもまたDVDを買うかどうかは迷い中なわけですが、初演時と比べて見てみるのもまた一興かと思ってます。台本はほぼ初演に忠実だったけど、キャストが増えてるし、どの辺に手が加わったのかやはり確かめたいところはある。
これだけオススメしておいて残念ながら東京、大阪、福岡とチケットは完売しているわけですが、まだ松本公演だけは多少余りがあるようです。長野県にお住まいの方、もしくはどこに住んでいようとこの芝居は観て損はないと思いますんで、松本まで足を運んでみてはいかかでしょうか。かくいう私も前から5列目以内の席が取れるんなら行きたいくらいですけどね。
余談ですが、BGMとして使用されている曲がとてもよくてサウンドトラックもちょっと欲しいと思った。主題歌を歌っているのが瓜生明希葉という人なのはチェックしたので、まずはこちらから手に入れてみようと思う。ちなみに劇中で使われているのは『キャメレオン』(ASIN:B000BBU1V6)というアルバムの『色のないセカイ』と『水鏡』という曲らしい。やっぱサントラも欲しくなってきたなあ。