『ポツネン』小林賢太郎プロデュース

企画・脚本・演出・出演:小林賢太郎
この男は恐ろしいな。あまりにも高い次元の一人遊びに笑いも感心も通り越して背筋が寒くなる時すらあったよ。というか、かつて時代の中でこうした「笑い」がこれほどまでメジャーな(といっても世間的にはまだマイナーな領域だが)ものとして認められ、受け入れられたことがあっただろうか。単なるリテラシーの問題だけでは語れない「ものすごいことをやってるんじゃないか」感がそこら中に蔓延していた気がするよ。まあ、聴衆のほとんどはそれを意識せずに笑っていた気もするけど。
一応、知り合い関係はあらかた観に行ったはずなのでネタバレも含め、感想を書いておく。これから見る人は読まないように。

  • 「ジョン」
    今回の『ポツネン』は一人芝居だから当然なのだが、テーマのひとつが「見えない謎の存在」というものだったと思う(テーマなんかおそらくないけど)。導入としてはベタな笑いも含めて最適。メニューの中ではもっともわかりやすく、単純な面白さがあった。この辺りのシュールネタはレベルは高いが、これまでも存在した範囲。ところどころ混じる言葉遊びが秀逸。
  • 「電話」
    これまた電話の向こうの見えない相手を使った一人コント。ここでは小林賢太郎のパントマイム技術の確かさに目を見張った。机の引き出しの開け閉め、印鑑、文字を書く仕草。惚れ惚れするくらい巧い。役者は見習うべき。ネタとしてラーメンズ的で、片桐がいても成り立ったものだと思う。
  • アナグラムの穴」
    ここから小林賢太郎の暴走(?)が始まる。舞台上でカメラを使ってのセットにも驚かされたが、アナグラムという言葉遊びをこういった演出で見せるという思い付きが既に凄い。この人の頭の中で行われている言葉遊びというか言葉の弄くりの一端を垣間見た感じ。絵によるオチというのも小林賢太郎ならでは。しかしこの人の書く生き物は全て目が離れているよね。個人的にはサインシリーズと万国博覧会が好きです(あれ?これは後半だったか?)。
  • 「スポーツ」
    謎のスポーツをパントマイムで演じる。サッカーのようでもあり、格闘技のようでもあり、時に野球や相撲のようでもあり。このコント、というかパフォーマンスが「一人遊び」をもっとも如実に表していた気がする。ネタとしてはやや長かった。どこで笑うのかのポイントが微妙だったため、逆に客席がどこでも笑うのが個人的には気が殺がれた。
  • 「Hand Mime
    この凄さは言葉ではきっと伝わらない。一見に如かず。やってることは手の指を足に見立てて走っているハンドマイムを見せてるだけだが、音楽と映像との同期、その見せ方、完璧。ひとつの作品としての完成度は最高級だった。
  • 「悲しいお好み焼き」
    私が詳しくないだけなのかもしれないが、これは「悲しい〜」シリーズとかがあるのかしら?。客がやたらその辺で食いついていた気がする。ここでは小林賢太郎の役者としての資質の高さが発揮された。ただ、笑いの精度としては無理矢理感が高かったかな。結局自分が一番笑ったのも言葉遊び的な部分だし。ただ、これが巧妙な伏線となっていたのはさすが。
  • アナグラムの穴 2」
    再びアナグラム。今度は絵だけでなくパフォーマンスもオチに。にしむらさんとにいむらさんの運動会シリーズが好きだな。最後は驚きはしたけど、手品としてのタネを知っていれば驚きよりも見せる巧さに目が行く。
  • 「ポツネン」
    語りとパズルピースだけで、ここまでの世界を見せてくれるということがあまりにも強烈。最初の暗闇からの導入。「見える」こと「存在する」ということの概念。このパフォーマンスはコントとか笑いとかそういった種のものではないと思うんだけど、じゃあなんだと問われても答えられない。だからこそ、「こんなものがかつてあったっけか?」という驚きに繋がる。そしてラストの演出。フィニッシングストロークとしては最高という言葉以外思いつかない。羽だけは予想してたんだけど。関係ないけどトヨタホームには笑った。

そんなわけで、あまりにも一般とは概念の異なる「笑い」を見せられ(笑いだけじゃないし)、その全てをとても理解したとはいいかねるほどのパフォーマンスだった。この人の頭の中はどうなってるんだ、という言葉はよくあるが、この人の生活全てがどうなってるのか気になって仕方がない。相当の奇行者だぞ、きっと。『LENS』を見た時には、この人の書く芝居は面白い、と思ったけど、多分こういうパフォーマンスのほうがはるかに面白いというか凄さを感じると思う。言葉遊びをここまでのレベルで見世物として昇華した人は他にいないんじゃないか。
少々、客層との乖離を感じたりもしたんだけど、逆に無邪気に笑える方が幸せなのかもしれん。変な言い方ですが、小林賢太郎新興宗教の教祖とかになったら世の中を変えるほどの力を持っているかもしれないとすら思いました。