『このマンガがすごい!2006 オトコ版』(ISBN:4796650172)

オンナ版も明日レビューしますが、まずはオトコ版から。『このミス』の認知・権威化が浸透し、近年、宝島社が無節操に出してる『この××がすごい!』シリーズから遂にマンガ版が登場。今年はこの他にもマンガのランキングやムックが多く出たが、『このミス』形式を踏襲した王道版として一年を締め括る一冊となりえたのか。
コンテンツはまさに『このミス』同様。はじめにランキング結果が掲載してあり、その後にランキング本(ベスト20)の説明(1位から10位には1ページ、11位から20位には半ページ)。その後に各投票者の投票結果と講評があり、編集ライターによる座談会があり、インタビュー(三田紀房小田扉秋本治)があり、コラムがあり、といった体裁。各雑誌からの「隠し玉」のコーナーまである。まさしく『このミス』ならぬ『このマン』といった感じ。
特徴がある点としては、連載が長くなったマンガ(大河マンガ)の概略紹介ページがあったり(『ONE PIECE』や『はじめの一歩』など)、同じく大河マンガの最終回紹介があったり(ハッキリとしたネタバレはしていないが)、少年マンガというジャンル自体の歴史年表が載ったりしているところであろうか。まあ、年表は『このマン』が今年から始まったということで今年一回限りの掲載だと思われるが、その他の特集についてはどうなんだろう。まあ、それ以前にこのムック自体が来年も出るのかという疑問はありますが。
さて、本題のランキングですが、あからさまに明かしてしまうのは気が引けるので、目を引いたところだけ。ちなみにベスト20の中で私が完全に未読なのは5作品。単行本を全て購入しているのは7作品。買わずに通して読んでいるのが3作品。あとは連載を雑誌で読む程度(ただし毎回確実ではない)という感じ。
まず1位ですが、浦沢直樹PLUTO』が選ばれております。これは順当過ぎるといえるくらい順当。今年の手塚治虫文化賞も獲ってますし、話題性からいっても当然かな、と。私個人も好きなマンガだから問題ないんですが、可能性としては来年も『PLUTO』が1位ってこともありうるわけですよね。それについてはどう考えてるんだろう。この問題については後述します。
2位はとりあえず『少年ジャンプ』連載中の最近勢いが落ちてきたマンガ、ということにして、3位ですが意外なような順当のような作品が入っています。それは吾妻ひでお失踪日記』。確かに話題性は高かった。私は未読なのでなんとも言えませんが評判を聞く限りでは質も高そうだし、ただまさかイーストプレスという版元からベスト3作品が出るとは思ってなかったので意外でした。一般への訴求力もどの程度あったのか知りたい。そして最も驚いたのは4位の安野モヨコ働きマン』。面白いとは聞いていたけど、まさかこの順位に来るとは。それもオトコ版という中で。ちなみにこの4位と5位、そして11位が女性マンガ家の作品です。
こうしてベスト3の二冊を書き出してお気づきの通り、この『このマンガがすごい! オトコ版』は当然のように成人男子が読んで面白い、しかもマンガマニアが投票した結果のランキングになってます。だからなぜ『ONE PIECE』が1位じゃないんだ!と思う方もいるでしょうし、驚いたことに『少年マガジン』、『少年サンデー』、『少年チャンピオン』という三つの雑誌からはベスト20入りの作品がひとつもありません(正確にいうとマガジンからは入っているといえなくもない)。さらにいえば『少年ジャンプ』からですら二作品しか入ってません。ぶっちゃけますが『ONE PIECE』はランク外です。
この結果をどう見るかはそれぞれに違うと思いますが、上記にも書いたようにあくまでも「オトナのマンガマニア」が選んだランキングだと考えるべきなんでしょう。これは『オンナ版』でも同様の結果となっています(オンナ版については明日詳しく)。
そうした中でベスト20の中に、御三家に混じってイーストプレスメディアワークス双葉社角川書店スクウェア・エニックスエンターブレインという版元の作品が一冊ずつとはいえ入っているのが「ほほう」という感じ。あ、秋田書店も一冊入ってます。
ただ、個人的には11位のの作品は「オトコ版か?」と思ってしまいますが。
結果自体の読み取り方は人ぞれぞれだと思うので深く言及はしませんが、やはりマンガというジャンルを年間で扱う上での問題というか課題はいくつかあるように思えます。
ひとつには『失踪日記』のように単独で刊行されたマンガは別として、雑誌で長く連載が続いている作品に対しては、どのような評価をするのかがハッキリしない点です。この点については座談会で用いられていた「瞬間最大風速」という言葉が一番わかりやすい気もします。要するに投票時点で「面白い」と感じたマンガという単純な図式ですね。座談会でも「半年前だったらもっと違ったランキングだった」とありますが、それはこの半年で面白いマンガが一気に出た、ということだけでなく連載ものにおいては「波」がどこにあったか、という部分だと思います。正直2位の作品なんかは「波」がギリギリだったと思うし。
これの弊害として起こるのが、連載が定期的でない(進行がゆっくり)なマンガや、マンガとしての形が確立されている「マンネリタイプ」はランキングには入りにくい、ということですね。具体的には前者でいえば井上雄彦の『リアル』、後者では『ビックコミック』で連載されている『ゴルゴ13』や『三丁目の夕日』、『釣りバカ日誌』、『浮浪雲』といったご長寿マンガや、『少年ジャンプ』でいえば『こち亀』、こうしたマンガはいまさら「瞬間最大風速」がくるとは思えないマンガです(『三丁目の夕日』は映画化までされたけど)。それ以外にも4コママンガはまずあがってこない。要するに「コツコツと毎回出塁率を稼ぐ」マンガはランキングには反映されにくいってことですね。実際には『ビックコミック』を読んでいる人は多くいるし、上記のマンガを面白いという人は多いと思うんですが、もはや「定番」化してしまっていて、いまさら「面白い」とランキングに投票するのは憚られるという部分もあるかもしれません。そういう意味では一話完結形式のマンガ自体が分が悪いという見方もできるかもしれません。
こうした課題について、どのような形でフォローがされていくのか、もしくは投票規定が変わるのか、来年以降に注目したい。
そして、肝心の投票者について。こうしたランキングものについては選者が全てという部分はありますが、『このマンガがすごい!2006 オトコ版』に関していうと、投票者は63名。大雑把な内訳としては芸能人(有野晋哉大川興業品川祐谷原章介など)、書店員(三省堂ジュンク堂、星野書店、マンガの森など)、大学の漫研(明大、跡見学園)、編集ライター、識者(長谷邦夫伊藤剛など)、そしてWeb関連といった面々になっています。ただ、正直物足りない気がする。識者でいえば夏目房之介岡田斗司夫大月隆寛もいないし、芸能人では大槻ケンヂがいない。Web関連でもOHPのしばたさんもいないし、最後通牒さんスズキトモユもいない。この辺の選者がどう選ばれたのか、中には辞退という方もいらっしゃるとは思いますが、『このミス』などに比べるとインパクトに欠ける感じはします。大学の漫研もこの二つだけが選ばれた理由が不明。
まあ、そんな感じでいくつかの点でどうかと思う部分は残りますが、とりあえず最初の一冊としては最低限の体裁にはなっている感じ。『このミス』で培ったノウハウは確かに生きてますね。読み物としてのとりあえずの満足感はある。識者のコラムが伊藤剛だけというのはやや寂しいですが。
とりあえず来年以降があるのなら、それはそれで楽しみにしたい。なにより、ここ数年、マンガという媒体がドラマや映画の原作となり、いわゆるカルチャーとしての牽引役となっていることを考えると、こうしたランキング本なりなんなりでキチンと総括されていくことは大切だと思う。その一歩目としてはありなんではないでしょうか。