『交換殺人には向かない夜』東川篤哉(ISBN:4334076203)

「読者を嘲笑うかのような小説」、というのはよくあるが、本書はある意味「読者に嘲笑われるような小説」だった。これ、決して否定的な意味ではなく。
私は本書が東川篤哉初体験なのだが、噂には聞いていたが、ここまで寒いギャグを連打するとは読んでみるまでは思わなかった。とにかく一から十までいっさいまともな表現なし。まともな登場人物なし。事件の舞台となる町の名前が烏賊川市(いかがわしい)というところからして、まともに向き合うのが馬鹿らしくなる。
というわけで肩肘張らずにニヤニヤ、というよりも苦笑しつつ読み進めていくわけだが、そのお寒いギャグと展開につられていたら思いもかけないところからパンチが飛んできた、という感じ。見事に騙されました。これがまたまともにやられたら腹の立つような驚きなのだが、ここまでされると天晴れという感じ。寒いギャグや展開の全てがミスディレクション。見事に決まったというよりは、不意打ち以外の何物でもないんだけど。これに近い気分を味わったのは倉知淳の『星降り山荘の殺人』以来だなあ。
まあ、そういう作品ですからこちらもまともにレビューするのもなんだなあ、という気持ちになるんですが、多少でも書いておくと、この作品のギャグ的な展開というのは、いわゆるストーリー4コマの形式に似ていると思いますね。マンガではないのでコマ数とかはないんですが、短いタームでいちいちオチ(というほどのものでもないけど)があって、その繰り返しでストーリーが進んでいく。そのおかげでスイスイと読んでおくことが出来る。章構成も短くて非常に読みやすい。その読みやすさがまた罠となっていて、こちらが深く考えないうちに「おっとそんなところから」という不意打ちが来る。そういう意味ではよく計算された作品といえます。疑うことを馬鹿馬鹿しいと思わせた作戦勝ちですね。
ただ、基本となったアイデア自体は非常にまともで面白い目のつけどころだと思いました。それをこういう風に料理しちゃうのをもったいないと思うか、こういうのもありだと思うかというところでしょうか。個人的には、作者の姿勢がハッキリしているので「そのもったいなさがイイ」と思ってしまいます。
一昔前のギャグマンガに出てきそうなおバカさんだらけの登場人物といい、その行動といい、寒いことこの上ないんですが、寒さじゃあ人後に落ちない私にとっては全然許容範囲でしたね。間違っても笑えるとは思いませんでしたが。なんつーか、この下手ウマさ加減が癖になりそうで怖いです。
本作が『本格ミステリ・ベスト』で6位、『館島』が11位に入り、作者ランキングでは3位につけたというのに、『このミス』や『文春ベスト』では影も形もないところが一番笑えるところでしょうか。個人的にはこういうのが小説として上位に来ても面白いと思うけどね。小説としての飛び道具もありでしょ。