『心のなかの冷たい何か』若竹七海(ISBN:4488417027)

こんなところに葉村晶が。いや、キャラは違うかもしれないが、原型は間違いなくここにいる。
ある事件*1が元で会社を辞め、思いつきで箱根へと一人旅に出かけた若竹七海ロマンスカーの中で一人の女性と出会う。彼女、一之瀬妙子とはたった一日の付き合いだったが、七海にとっては忘れられない存在になる。クリスマスも迫ったある日、妙子から電話でクリスマス・イブを一緒に過ごす約束をするが、その約束は果たせずに終わった。数日後、妙子はガス自殺を図ったのだ。そして七海の元に妙子から郵便が届く。それはある人物の「手記」だった。
『僕のミステリな日常』に続いての若竹七海主人公シリーズだが、前作が特殊な設定を活かした連作短編集だったのに対して、こちらも構成は凝っているものの、スタイルは真っ向からハードボイルド(ソフトボイルド)している。葉村晶が主人公でもなんら違和感はない。
10年間文庫落ちしなかった理由は、ご本人からMYSCONの際に語っていたが、今回の文庫化にあたってどの程度書きなおされているのだろう。文章的には(時代の違いはあれど)特に違和感は感じなかったが。構成面を含めた人物の描き方はやや粗く、焦点がずれてしまっていたり、いまひとつそれぞれの描写にすんなりと入っていけない部分があるのは若書きのせいだろうか。
個人的には前半部分がよかったのに対して、後半はその前半の隙間を埋めていく作業に終始してしまった感があり、七海の気持ちや登場人物の気持ちが語られている割には惹きつけられるものがやや少ない。これは前半のスリルが高すぎて、後半は読者の側も弛緩してしまうからだと思われ、もったいない気がした。
それにしても「心のなかの冷たい何か」というタイトル、そしてその想いを抱えて生きる登場人物たち、引用されるJ・G・バラードの言葉、そうした要素が組み合わさって妙に切ない気分にさせられる。若竹七海のこうした着眼点と披露のセンスはやはり好きだなあ。

*1:当然、『僕のミステリな日常』の事件