『双頭の悪魔』有栖川有栖(ISBN4-488-41403-6)

『月光ゲーム』、『孤島パズル』ときて、江神シリーズも漸くここまで辿り着いた。私にとっての前二作は、本作を読むための下準備でしかないとはわかっていてもここまで来るのは意外に大変だった。でもって、遂に「読め」と言われていた本作を読んだわけだ。
オススメしてくれた方々やファンの人には申し訳ないと思いつつも、結論から言うと、「むー、期待し過ぎた」というのが本音である。確かに前二作と比べるとミステリとしての完成度も上がってるし、なにより文章がこなれてきて読んでいて違和感を感じる(前の二作は青臭くて仕方がなかった)ようなこともなかった。
驚きの結末、というほど衝撃的なものではないにしろ「そうきたか」とは思ったし、これならまあ読者への挑戦にも首肯しよう。
ただ、600ページ強ある小説として読んだ場合、正直面白いとは思えない。色んな意味での動機付けが希薄すぎると思う。芸術家達が集まり他者を排除する村、マリアがそこに居付く理由、そこから離れようとする理由、そしてもちろん殺人の動機、そして江神が犯人と対決する理由。そういった登場人物と舞台設定における動機付けが作品のスケールに比べて矮小だし、首を捻りたくなる。説得力に欠ける、という言い方が正しいのかどうかはわからないが。書き込みの方向性が違いやしないか。
真犯人を「悪魔」と評しているのも個人的には「うーん」という感じ。そこまで大袈裟なもんでしょうか。小説内での語られ方と、その実感に隔たりがありすぎるなあ。これが、ここまでドラマチックに仕立て上げられた作品でなければ印象も違うと思うんですが。
一作目のレビューにも書いたけど、登場人物視点で語られる中で、アリス(本作ではマリア視点もある)がやたらと江神を崇拝するのがとても気持ち悪い。第三者の客観的描写ではなく、江神に関する記述のほぼ全てにおいて持ち上げる内容がついて回るし、江神にだけは「さん」という言葉がついていて、他の登場人物(同じ先輩であるはずの望月と織田に対してでさえも)は全て呼び捨てというのも作為的すぎやしないだろうか。江神を神聖視する前提で書かれているので、読者としては押し付けられているように感じてしまう。まあ、逆に素直に神聖視できる読者にとっては「江神さま」になるのは理解できるが。
ミステリとは関係なくアリスとマリア、江神を加えた恋愛模様(?)がこの先どうなるのかは非常に気になる。というのはいったい全体なにがどうやって恋愛模様になっていくのかまったく想像ができないから。登場人物視点だから、登場人物が勝手に恋だの愛だの語ってくれるわけで、それについてはなんとも言えないが少なくともここまで読んできていったいどこからそういう想いが発展してきたのか私にはまったく理解できない。そういう意味で気になるのだ。
登場人物の直截的な言葉(モノローグ)ではなく、行動とか描写で読者に伝えるっつーことが欠けまくっているという印象なんだよなあ。今回は特にアリスとマリアの両者視点だったので尚更。そういう作品に対してはどうしても評価が厳しくなってしまう。
相変わらずメタクソに言ってますが、面白くないわけではない。ミステリとしての完成度は高いし、別名「学生シリーズ」と呼ばれていることもあって、仄かに漂う青春ものとしてもまあ読める。逆に堅実に読めてしまう分だけ細部が気になってしまうということですね。あとは多分、私がこのシリーズに対してどこか懐疑的に読んでるせいもあるでしょう。おそらく普通に読めばここまでの感想にはならず、面白いと思います(多分ね)。
そういう意味では前二作よりは全然よかった。以上はそれを踏まえた上での感想だと思ってください。
個人的には望月と織田がもっと出た方が面白いんだがなあ。少なくともアリスなんかよりは全然面白いぞ。『孤島パズル』がつまらなかった大きな理由のひとつはそれだったと思うし。
あとがきによるとあと二作あるらしいので多分読むと思います。一応、気にはなってるんで。