『チルドレン』伊坂幸太郎(ISBN:4062124424)

つい先日、直木賞候補に挙がったばかりの伊坂幸太郎の最新作。帯に作者自らの手で、

「短編集のふりをした長編小説です。帯のどこかに“短編集”とあっても信じないでください。」

と注意書きが書かれている。
【バンク】/【チルドレン】/【レトリーバー】/【チルドレンⅡ】/【イン】の五編を収録。
前述したように本作は直木賞候補となった作品なわけだが、個人的にはこれで直木賞を獲らなくてよかったと思う。もちろん本作は本作でとてもいいと思うし、私自身も気に入っているが、伊坂幸太郎を知らなかった読者が「直木賞」という帯に惹かれて手に取って、「これが伊坂幸太郎か」と思われても困るんである。
作者自身が「長編」と断ってはいるが、これはやはり連作短編集だろう。「陣内」という一人の男を、四人の人物の視点から見たエピソードを連ねることによってそのおかしさと痛快さを浮き彫りにしている。その意味では確かにひとつの作品として読めるのだが、個々の作品が有機的に絡んでいるとはあまり思えない。またここの作品で描かれる時間軸が前後されているのだが、その辺りの構成も今ひとつ不明。もしかしたら私が気付いていないだけなのかもしれないので、この構成にはこういう意味がある、というのがもしあるのならば教えていただきたい。オチの部分のため以外で。
この作品を認めつつも、なぜこんな重箱つつきをしているのかというと、やはりこれが「直木賞候補」になったからだ。本作は確かに伊坂幸太郎の持ち味である“ポップ”と“しゃらくささ”は充分に堪能できる。帯にある“ファニー”は私にはよくわからないが。しかし、伊坂幸太郎のデビュー作『オーデュボンの祈り』が新潮ミステリー倶楽部大賞受賞作で、その後も一貫してミステリレーベルから作品を出し続けていることからもわかるように、彼の作品にはミステリとしての面白さ、特に「計算された構成」の面白さもまた伊坂幸太郎の特長だと思う。その点において本作はやはり物足りない。ミステリとしての驚きが足りないといっているわけではない。そこにいくつくまでの「見せ方」にいつもの伊坂幸太郎のキレを感じなかった、ということである。しつこいくらいに繰り返すが、それでも本作は面白いんですよ。ただ、「直木賞候補」という冠でこれを読んで「伊坂幸太郎ってのはこんなもんか」と思われても困るってことなんです。
伊坂幸太郎作品のもうひとつの、というよりある意味肝かもしれないキャラクターという点については文句なしでしょう。というか殆どキャラクターで持っている作品ですよ。
「お前は古代ギリシャソフィストか」とツッコミたくなる陣内という男。『陽気なギャングが地球を回す』の饗野にも通じる口が達者な詭弁変人キャラクターであるわけだが、この男の破天荒な行動振りが巻き起こす騒動はそれだけで楽しいし、それを見つめる四人の視線の温かさもまた心地好い。一読すると、「自分が正しいと思うことを言い、正しいと思うことをやって何が悪い、それが正しいってことなんじゃないのか」という風に読み取れそうな気もする。考えてみれば、『オーデュボン〜』の桜も、『重力ピエロ』の弟も、『アヒルと鴨〜』の××も独自の正義感の元に生きている者たちなわけで、陣内にはじまったわけじゃないのだが。ストーリーやドラマが他の作品と比べて薄味な分、本作ではその特性が余計に強く感じられる。
ただ、現実にこういう人間がいたら傍迷惑を通り越して異常者だと思われるだろうし、友達には絶対になりたくないと思う。では逆に、そんな陣内を友人として認め、付き合っている視点者の四人の心の持ち様が素晴らしい、ということなのか。陣内の人間を受け入れられるような人間に、社会になればいい、ということなのか。陣内のような人間が受け入れられない現実社会が歪んでいるということなのか。それも違うように思える。個人的にはその曖昧模糊とした部分がよいのだが、なんかやたらとメッセージ性とかテーマ性を評価したようなコメントが目に付くのがどうなのかな、という感じ。コピーも含めて。それもまた直木賞という冠の弊害なのかなあ。なんかいちいち自分の感想ではなく周囲を気にした感想になってしまうのがイヤだなあ。要するにエンタテイメントとして、陣内というキャラクターは面白おかしくて好きだっつー単純なことなんですけどね。あくまでもフィクションの存在として。現実には傍にいて欲しくない。
永瀬というキャラは確かに萌え対策とも取れる。でもまあ、伊坂作品にはこういうキャラは付きものだし、わたしはどちらかといえばベスに萌え。残念だったのは鴨居の登場が少なかったことかな。最初の語り手ということもあり、もっと出てくるのかと思った。「あいつと友達だとは思われたくないけど、気になって仕方がない」という彼の立場はよくわかるし、そういう視点がもっと活かされたらよかったのに。
でもやっぱり女性の描き方はイマイチですな(笑)。