『ダ・ヴィンチ・コード』ダン・ブラウン(ISBN:4047914746)(ISBN:4047914754)

どえりゃあ面白かったで。全世界で720万部(今現在ではもっと売れてるだろう)売れるのもわかる。そして、この作品がそれだけ売れたということを喜びたい。この作品は確かにエンタテイメントだが少なからずの「知的欲求」を必要とする。そうしたものを求めて本を読む、という人間がこれだけ多くいるなら本の世界もまだまだ捨てたもんじゃないだろう。
『天使と悪魔』でバチカンをすんでのところで救った宗教象徴学者、《ロバート・ラングドン》シリーズの二作目。あれから一年半の月日が経ち、すっかり有名になってしまったラングドンは講演のためパリを訪れる。そして再び悪夢の様な一日が始まるのだった。
これまたビックリなことに全作に引き続き、たった一日のエピソード。それだけではなく、物語の構成もほぼまったく同じ。冒頭で鍵を握る人物が殺され、次のシーンではラングドンが叩き起こされ、死体を検分。そこから冒険が始まる。キリスト教に隠された真実、殺し屋、謎の黒幕、そして美しい女性の相棒と作者の自覚的なこの構成には笑うしかない。ただ一つ前作と異なるのは、今回はラングドンが容疑者として警察から追われる羽目になる。
要するに前回のタイムリミットの代わりに、ラングドンの逃亡というスリルで読者を吸引するわけだ。とはいえ、構成自体はホントに前作と瓜二つなので、そういった意味での面白さは『天使と悪魔』の方が上かもしれない。クライマックスでの展開も前作の方が遥かにスペクタクルで興奮したし。ストーリー展開やドタバタ感(と恋愛部分)は「いかにもハリウッド」的アメリカ小説なのは変わらない。
それでもなお、『天使と悪魔』ではなくこの『ダ・ヴィンチ・コード』が世界を席巻したのは、やはりタイトルどおり「ダ・ヴィンチ」という人物が核となっているからだろう。謎多き天才であるレオナルド・ダ・ヴィンチには数え上げればキリがないほどのエピソードがあり、「モナ・リザ」をはじめ、彼の描いた絵画には多くの謎が隠されているといわれている。この『ダ・ヴィンチ・コード』ではなんとあの『最後の晩餐』に大胆な解釈がなされ、さらにダ・ヴィンチがとある秘密結社の総長であったことまでが明かされている。こうした符合が一つずつ解明され、古(いにしえ)の秘密が現代に甦ってくる興奮はもう筆舌に尽くし難い。ぶっちゃけて言ってしまえば(これはかならずしもネタバレではない)、この作品は「聖杯伝説」にまつわる謎解き物語なのだ。そこにダ・ヴィンチがどう絡んでくるのか、それはもう読んで楽しんでもらうしかないだろう。
そして、本作のもうひとつの愉しみはなんといっても「暗号」である。タイトルの「コード」とはもちろん暗号のことだが、ダ・ヴィンチの絵に隠された暗号だけでなく、とにかく暗号だらけの小説である。その暗号の一つ一つがまたツボを抑えていて、解けるたびに「やられた」と思ってしまう。特にクライマックスの時点で旧知に陥ったラングドンが解く暗号と、ラストの瞬間に降って湧いたように現れる解答のカタルシスは素晴らしい。これは確かに映画化もしたくなるよ。読んだ瞬間ラストカットまで思い浮かぶもん。
前作同様、「事実に基づいた」設定で、ダ・ヴィンチを始め、多くの歴史上の人物の名前が登場するし、秘密結社についても現存するものも含めて登場する。ただし、その「解釈」は当然ひとつではない。この物語はあくまでも著者、ダン・ブラウンがエンタテイメントとして成り立つように解釈した話である。しかし、それがどうしようもなく面白くて、その面白さゆえに真実味に溢れていると感じてしまう。私にとっては『帝都物語』と同じ興奮を味あわせてもらった、とまでいうと言い過ぎかもしれないが、とにかく面白かった。『天使と悪魔』同様、今すぐパリ、そしてロンドンに飛んで行きたくなったよ。そして本作を片手に歩き回りたい。まあ、きっとそういうツアーもあるんだろうな。
この小説で出てきた謎、そしてその解釈があまりに気になって、いわゆる「解読本」を買いたくなってしまったほどだ。私はこういう話に滅法弱いのだった。