『震度0』横山秀夫(4-02-250041-7)

待ちに待った横山秀夫の最新刊であり、尚且つ長編。帯に「警察小説はここまで進化した!」とあるが、今回もまた現場は殆んど描かれず、警察の深奥部ともいえる部長刑事たちの確執と駆け引きが描かれる。
阪神大震災が神戸を襲った朝、N県警の警務課長・不破が失踪した。県警の中枢ともいえる彼が失踪したことでN県警に激震が走る。キャリアの本部長・椎野、同じくキャリアであり、将来の長官候補である警務部長の冬木、刑事からの叩き上げである刑事部長・藤巻、肥満の身体を揺するだけの交通部長・間宮、普段は無口だが職務中に愛人に電話をする生活安全部長・倉本、準キャリアで子供を失った痛手から抜け出せない警備部長・堀川。この六人がそれぞれの保身のために、不破失踪の解決への糸口を絡ませていく。
前述したように警察小説とはいえ、現場の描写はほとんどなく、6人の部長クラスの人間達の政治がメインとなっている。ある意味では、危機に瀕した際の会社の派閥構想の様な物語である。
六人の男たちの視点(それ以外の人間の視点もある)が目まぐるしく入れ替わる多視点構成で、最初のうちはどの人物の視点かを判別するのに時間がかかり、いつものような高いリーダビリティになっていないのがやや残念。横山作品はいつも一気読みになってしまうのに、今回それができなかったのはこの構成が最大の原因だったと思う。六人の男たちの視点、という意味では『半落ち』がそうだっかが、あちらは順々に視点を変え、ある主の連作短編の形式をとっていた。今回はそれが並行する、という点が異なるところだが、緊迫感を産むという効果は挙げていたものの、勢いは削がれた感がある。
また、この六人を含む、殆んど全ての登場人物があまりに自分勝手、というか横山秀夫作品の代名詞ともいえる「保身」を見に纏いすぎているため、読んでいてキツイ。まともな人間が一人も登場しないのだ。『第三の時効』でも同じように班ごとの確執はあり、それぞれに政治的な闘いもあったのだが、彼らの根底には「刑事である」という誇りと矜持が存在した。しかし、本作ではそうしたものすらない。愚かな人間達が右往左往するという、ハッキリいってしまえば「スタッフサービス」のCMのような呆れた上司たちの物語なのである。
その意味で「警察小説が進化した」というよりも、これまで異世界だった「警察」という存在を、横山秀夫は我々の住む世界と同じ世界だ、ということを明確に著したともいえる。それにしてはあまりに爽快感がないのだけれども。これが例え真実に近い話だとしても、それをこの筆致で書かれたら心臓に悪い。
そういうわけで個人的には横山作品に求める重厚さはあったものの、「保身」と同じくらい重要なキーワードである「矜持」の部分がやや薄く、物足りなかった、というのが本音。それでもラストはキチンと読ませてくれるので不満ということでもないのだが。
一番気になったのは、阪神大震災、というファクターがあまり活かされていなかったこと。というかぶっちゃけあまり必要ないのでは?。N県警で起こっている出来事のメタファー的な使い方だけでは阪神大震災のもつイメージは大きすぎる。『クライマーズ・ハイ』を読んだときに、「これの警察バージョンが読みたい」と思っていただけに、「阪神大震災と警察小説」という組み合わせに勝手に期待しすぎた部分はあるのだが、ちょっと残念だった。それでも、こうした作品が読めるのは横山秀夫だけなので、今後も期待です。
覚え書きとして、これまでの横山秀夫作品のレビュー一覧を。