『ウォータースライドをのぼれ』ドン・ウィンズロウ(ISBN:4488288049)

私は特に生存志向が強いわけではないし、何がなんでも生き延びてやる、とも思わない人間だが、そんな私にも生きる理由があるとすればそのうちのひとつは間違いなく《ニール・ケアリー》シリーズを読み終わるまでは死ねない、ということだろう。それくらいこのシリーズが好きだ。だからこそこの6年間はジリジリしながら待ち続けた。待ち切れなくなって原書を読んじゃったという知り合いもいる。しかし、それだけの語学力もなく、東江一紀の翻訳で読んできた人間としては待つしかないのだった。
そして、この度シリーズ第四作目にあたる本書が出版された。これが舞い上がらずにいられようか。
ああ、ニールが喋ってるよ。グレアムが毒づいてるよ。レヴァインは前作からすっかり渋くなってるよ。もうそれだけで至福の時である。
ただ、これまではニールといえば「ナイーブな心を減らず口の陰に隠して」というのが代名詞であったが、さすがに28歳になり、様々な経験を経てきたわけで、いつまでもナイーブでもいられないし、減らず口ばかり叩いてるわけにもいかない。その点では残念な思いもあれど、シリーズ通して読んできた読者ならば「ニールも大人になったなあ」と感慨すら抱くだろう。ま、いうほど大人になっちゃいませんが。
確かに主人公はニールなんだろうけど、本作ではニールが教育係をする破目になるポリー、かつては一流の探偵だったが今ではただのアル中の男、謎の殺し屋プレーオフ、ポリーに訴えられたケーブルテレビの人気者、彼から甘い汁をむさぼるマフィアなど、周りを彩るおかしな人物たちの方が印象に残る。グレアムもレヴァインも裏方だ。いつもだったらニールに視点を当てたストーリーになるが、本作ではニールの胸の内も殆んど語られず、むしろ群像劇としての面白さになっている。そのドタバタが面白い。
全編イカした語り口なのは相変わらずで、東江一紀の訳も見事なり。特に訛り丸出しで喋るポリーの台詞は、『仏陀の鏡への道』の名言「決まりキ○タマ」に匹敵するほどの名訳だと思う。「しぽしぽ」って。
このシリーズを読んでいると翻訳ものの、というか海外ものを読む楽しさというものを味わっていると実感する。こんな語り口の小説を日本を舞台に書いたら「こんなんありえん」と思ってしまうだろう。それを素直に楽しめるのは舞台が海外であるからこそだと思う。
まあ、くどくど書いても仕方ねえ。とにかく面白えもんは面白えんだよ。というか、あと一作で終わり(それも後日談的なエピソードとのこと)ってのが信じられねえよ。もっと書いてくれよドン・ウィンズロウ。ああ、また最初から読み直したくなってきた。
それにしてもニールは伏虎拳の使い手だったはずなのにすっかり忘れてますな、本人が(笑。