『犬はどこだ』米澤穂信(ISBN:4488017185)

これまでのライトノベルの作風から一気に変貌した米澤穂信の最新作である本書は、ネオ・ハードボイルドにまた新たな光を射し込んだ。
さとるさん(id:jasper)が若竹七海『悪いうさぎ』に似ている、と書いていましたが、それもむべなるかな。『悪いうさぎ』だけでなく葉村晶のシリーズもまたネオ・ハードボイルドですから。個人的にはむしろマイケル・Z・リューインの《アルバート・サムスン》シリーズの直系だと思いました。だから正しくはソフトボイルド探偵もの、ということになるのかな。
幼い頃から銀行員になりたいと思っていた主人公は、はれて銀行員となったが、病気に悩まされて会社を辞め、郷里に帰ってくる。しばらくの間は引篭もりに似た生活を続けていたが生活費を稼ぐために新たな商売を始めようとする。悩んだ末に始めたのは「犬探し」。犬探しを選んだのは大学時代に犬探しのアルバイトをしたことがある、ということと、初期投資がかからない、というそれだけの理由。しかし、事務所の開設初日に来た初めての依頼はなんと「人探し」だった。
そういうスタンスで始まる探偵ですから、無論探偵としての誇りとかポリシーみたいなものはない。探偵(正しくは犬の調査員)なのに巻き込まれ型、という設定に作者の志をまた感じる。そうして進んでいく中で決して主人公は熱い思いに目覚めたりしないし、探偵が天職だと感じたりもしない。むしろ何度も「辞めようか」とすら思う。
ただこれだけではハードボイルド(ネオ、もしくはソフトを含む)という、日本だけではなく世界でも廃れかけたジャンルの読みものになってしまう(個人的にはそれがとても悲しいが)。それでは売れないだろうし、今の読者は食いつかないだろう。そこで作者はもう一人の探偵を送り出す。主人公の後輩であり、探偵に憧れる青年。この二人のトーンの違いがメリハリになっていてテンポよく読むことができる。
こういってはなんだが、ボイルド系のご多分に漏れず、謎やそれを解きほぐしていく過程にはややご都合主義な面があるし、そもそも人探しと並行に描かれる「古文書」の方は依頼自体がちょっとどうかと思ってしまう部分もあるのだが、それらを混ぜ合わせる構成と、ボイルド系ならではの事件の背景がキッチリと作りこまれているので、そんなに気にならない(気にしてたらハードボイルドなんぞ読めない)。
そしてラストの余韻。単純な後味の悪さだけでなく、どこかホラーにも似た背筋が寒くなって思わず後を振り返りたくなるようなこの感覚。まさかこうした小説が今読めるとは、それもこんなにも若い書き手の手で書かれているとは。本を閉じるその瞬間、『犬はどこだ』というタイトルが強烈にフラッシュバックする。
傑作や名作、というのとは違うかもしれないが、「面白い」と間違いなくオススメできる一作。古典部シリーズも好きだが、こちらの方が遥かに好きだ。既に本書刊行時点で「The case‐book of"Koya search & rescue" 1」と書かれているように続編があるのは間違いない。これまたボイルド系の多くと同様、シリーズを進めていく上で傑作クラスが生まれてくる可能性は高い。期待したいと思う。
余談ではあるが、主人公とまったく同じ病気で苦しんでいる身としては、余計に共感度が高くなってしまった。だからといって自分が探偵や犬探しをやろうとは思いませんけどね。