『法月綸太郎の本格ミステリ・アンソロジー』法月綸太郎編(ISBN:404380301X)

作家でありながら、いわゆる「アンソロジスト」と呼ばれる人は結構いるけど、法月綸太郎のは初めてだったので読んでみたかった。いかにも本格観が堅そうな法月綸太郎がアンソロジーを編むといったいどんな作品が並ぶかにも興味があった。
辻真先の『仮題・中学殺人事件』の章立てになぞらえ、かなり広い範囲で編まれている。この選だけでも結構見応えあり。
<眉に唾をつけま章>

  • 『ミスタービッグ』ウディ・アレン
    これは選者の趣味を感じさせるが本格ではない。ウディ・アレンらしい皮肉の利いた一編ではあるし、短編としては面白い。もっともらしく語ることに意味はない、という好例。
  • 『はかりごと』小泉八雲
    これは本格という意味では完全犯罪ものと考えることもできる。巧妙さが見事。それ以上にこの短さが見事。短さのおかげでガツンとくる。短編というよりはショートショートだけど。
  • 『動機』ドナルド・A・ノックス
    なぜ『密室の行者』ではなくこちらを挙げたのか。「動機」というタイトルの割にはその辺が右往左往している感じがする。オチは利いているが。この手のネタだったら途中の解説にも書かれているようにアントニィ・バークリーの『トライアル&エラー 試行錯誤』の方がはるかに面白い。

<密室殺人なぜで章>

  • 『消えた美人スター』C・デイリー・キング
    変わった趣向の安楽椅子探偵ものだが、いの一番に疑われるネタが真相というのがなんとも。ただ、執事が第一回答を出して、それを探偵が更に上を行く、しかしそれもひっくり返される、という構成は基本に忠実で面白い。
  • 『密室 もうひとつのフェントン・ワース・ミステリー』ジョン・スラデック
    スラデックがこういう作品を書いているということをはじめて知った。途中の文体が滅茶苦茶なのはご愛嬌なのだろうか。ある意味では過去の作品の密室ネタバレ(作品は挙げてないからネタバレとは厳密にはいえないけど)しまくりで、結果的にもオチが重要なんだろうけど、この手のオチは私は好みではない。
  • 『白い殉教者』西村京太郎
    「雪の足跡」もの。ミスディレクションがうまく効いている。蝋人形というギミックを活かした雰囲気作りも見事だが、メイントリック以外はお粗末という本格にありがちな問題は残る。何で被害者がじっとしてたのか、とか。

<真犯人は君で章>

  • 『ニック・ザ・ナイフ』エラリィ・クイーン
    ラジオドラマの台本、という面白味はあるが真相は捻りがない。消去法っていうけどねえ。それ以上に思ったのは一週間に一人ずつ殺して30人って、丸一年近く殺人鬼を野放しにしておいてから「そろそろクビかも」と恐れだすクイーン警視が凄すぎる。とっくにクビだろ。あと、犯人がこの現場で犯行を起こす理由が皆目不明。
  • 『誰がベイカーを殺したか』エドマンド・クリスピン&ジェフリー・ブッシュ
    えーと、ミステリっていうかクイズ。『頭の体操』みたいな。むしろ藤原宰太郎の犯人当て本にありそう。文章的な技巧は感じるけど。個人的には好きだけどね。
  • 『ひとりじゃ死ねない』中西智明
    こんなところで名前を見るとは思わなかった中西智明。『消失!』に勝るとも劣らぬ叙述トリック(要するに同じようなレベルのものってことです)が炸裂。バカミスの本懐。嫌いじゃないんだよね、こういうの。叙述トリックはバカでなんぼだと思う。ただ、叙述だけじゃなく、ちゃんと他の部分が効いてるのがいい。

<お別れしま章>

  • 『脱出経路』レジナルド・ヒル
    このメタさ加減が凄いな。大雑把なようで計算されているところとか短編らしく細かいことにこだわらないところとか。ただ、今ひとつ乗り切れない文章だけが残念だが。脱獄物としてはかなり異色で面白い。どことなくSFを思わせる。
  • 『偽患者の経歴』大平健
    「事実は小説より奇なり」といっちゃあそれまでなんだけど、結局アンソロジーとしてのいきつくところが似たようなものなのでショックが小さい。これ単独で読んだらかなりビックリだけど。っていうか本当にこの人は病気じゃないの?。そこまで考え出すとキリがなくなる。著者のとぼけた記述がいい味出してます。
  • 『死とコンパス』ホルヘ・ルイス・ボルヘス
    ボルヘス初体験。こういうの書く人なのか。なんじゃこりゃ凄いね(誉めてます)。あまり私好みではないんだけれども、こういう衒学的雰囲気はいいよね。オチがちょっと笑えていい感じ。

とまあ、感想を書いてみてわかるんだけど、法月綸太郎の嗜好が明らかに自作自演とか一人二役といった内容に偏っているのでその辺が読み手としては残念。似たような作品を並べた面白さはあっても、各々に対する感動は減ってしまう。バリエーションとしての面白さは確かにあるけどね。後半にいくほどその傾向は強まる。
良く考えたら『動機』と『消えた美人スター』が並んで収録されているのが問題な気がするな。まあ、わざとなんだろうが、個人的には後者に分が悪い。
でもまあ、アンソロジーを読む時の「こんな作品が」というのはたっぷり堪能できた。やはりたまにこういうのを読んでおくのは必要であり、面白いと思いました。有栖川のも読んでみようかしら。