『失踪 松本清張初文庫化作品集 -1-』松本清張(ISBN:4575510432)

ここ最近、様々な形式で短編集が編まれ、再び勢いを増した感のある松本清張。『砂の器』、『黒革の手帳』に続いて『けものみち』がドラマ化されるらしいが、21世紀に再び清張ブームがくるのか。
本書はタイトルに「松本清張初文庫化作品集」とあるように、様々な理由でこれまで文庫化されていなかった作品が集められたもの。ある意味マニア垂涎。
『草』、『失踪』、『二冊の同じ本』、『詩と電話』の四編が収録されている。その中のうち『草』と『失踪』は、あの名作『黒い画集』のシリーズとして書かれたものだが、作者の意向で本になる時に外されたもの。

  • 『草』
    とある病院に入院する「私」。経営もうまくいき、評判もよい病院だったが、ある日突然に院長と婦長が謎の失踪を遂げる。それを機に次々と病院で起こる事件。「私」は病室で一人、その状況を見守っていた。
    清張の稚気が溢れた一作。まさかそう転がるとは。読み終わって「草」というタイトルの巧さに痺れます。
  • 『失踪』
    一人の若い女が姿を消した。家の売買に絡んだ男たちが逮捕されるが、証拠もなく、女の死体も見つからない。果たして事件の真相は?
    これはまさしく清張が「社会派」として書き上げた作品。第三者視点というよりも観察者の視点で関係者の動向を見つめ、事件記録を読み上げていく。清張自身の手による観察記録といった感じ。単純な事件なのに、複雑に人間が絡み合い、さらに証拠がない状態で進む。世の多くの事件も実はこうしたものなのかもしれない。ミステリという感じはしないが、逆に清張が見つめているものがよく見える。
  • 『二冊の同じ本』
    これはまさに清張流『黄金虫』というか『二銭銅貨』というか。決して暗号ものでもないし、宝探しものでもないのだが、導入から結末に至る経緯まで「謎解き」の面白さに溢れている。しかもラストがキチンと決まっている。さすが。
  • 『詩と電話』
    巻末の解説にもあるように、これはまさしく横山秀夫が書きそうな話。地方の新聞記者同士のネタのすっぱ抜き合戦。そして、その裏にある事実と男たちの愚かさ。真相がどうこう、というよりもそこに至る人間の心が興味深い。

四作とも傑作とはいえないが、さすがに清張という粒の揃った作品。なにより四編とも趣向が違うので面白い。中ではやはり『二冊の同じ本』が抜けているが、個人的には『詩と電話』の清張の視点が面白かった。
今読むとさすがに古臭い感じは否めないし、『失踪』などはもう少し読みやすくならんのか、と思う人もいると思うが、それも含めて楽しんでもらいたいと思う。ただまあ、清張をあまり読んでない人には、まずそれこそ『黒い画集』から読んでもらいたいと思うけど。
個人的には昨年出版された「宮部みゆき責任編集」の「松本清張傑作短編コレクション」が一番手に入りやすく、解説も含め初めての方にはオススメです。