『弥勒の掌』我孫子武丸(ISBN:4163238107)

『このミス』で15位。『本格ミステリベスト』では3位と健在振りを見せた我孫子武丸の久々の長編書き下ろし。
高校教師の辻は三年前に教え子と不倫。今では妻との関係は冷え切っていた。ある日、帰宅すると妻の姿はなく、辻は彼女が家を出て行ったのだと思い込む。しかし、数日が経っても何の連絡もなく、辻は警察の訪問を受ける。どうやら辻が妻を殺したと疑われているらしい。辻は妻を探し始め、行きついたのは怪しい宗教団体だった。
一方、目黒署の刑事・蛯原の妻がラブホテルで殺される。蛯原は妻を殺した犯人を自らの手で挙げようと動き始めるが、その先にもまたある宗教団体が。
本格ミステリ・マスターズの一冊であり、その書き手が我孫子武丸というとどうしてもある先入観を持って読み進めてしまう。そしてその先入観は裏切られない。私自身、もはやこの手のネタに関しては「ふうん」と思うくらいの反応しか出来ないので、やっぱりそうなのか、と思わざるを得ないんだけど、それはそれとしてもなかなか面白い作品であった。
というのは、そのネタだけで終わってしまう作品ではなく、それすらも巧妙に事件の肝からズラされているからだ。まあ、肝の部分に関しても大きな驚きというのはないのだが、それでもいくつかのピースがある程度キレイにはまっていく面白さがある。全体に小粒ではあるが、教師の辻、刑事の蛯原と交互に視点が変わる構成など、読みやすさも含めてなかなかの良作だと思った。その手のネタではあるんだけど、それをそれと思わせず(忘れさせて)読ませていく上手さはさすがだな、と思いました。
とはいえ、インパクトとしては長さの問題は別としても短編的なインパクトであって、長編を読んで唸るというほどの感触はなかったかなあ。前振りでいくつか出される伏線的要素もあまり活かされないし、潔く結末に向かって収束しすぎるというか後半に行くにしたがって目くらましがなくなるので、一気呵成というよりも「あっさり」しすぎな感じ。フックが少なすぎる。それこそ前半部分を上手くまとめれば短編というか中篇くらいにはなったのではないだろうか。そちらの方がよかったかも、と個人的には思う。
微妙に自分の好みからは外れていっているけど面白かったとは思うものの、本作が『本格ミステリベスト』で3位というのを考えると、本格の人はそんなにこの手のネタが好きなのか、とちょっといぶかしんでしまう。
ラストの展開も含め、タイトルの秀逸さは見事。これって映像化しても面白いと思いました。いや、その手のネタは無視して。
ちなみに帯の「本格捜査小説」は絶対に違うと思います。これ読んでそういう帯を書く気がしれない。あと、解説がやたらと難しい言い回しが多くて、我孫子武丸の作品とのバランスがあまりにとれてないと思いました。