『セント・ニコラスのダイヤモンドの靴』島田荘司(ISBN:4041682096)

島荘のクリスマス・シリーズ(そんなのあるのか?)。
明治5年に起こった「マリア・ルス事件」(ペルーの船に中国人が奴隷として乗せられていた事件)に端を発する「セント・ニコラスのダイヤモンドの靴」を巡って若かりし日の御手洗と石岡が奔走する。
導入はわざわざ章を別立てにして、ウプサラ大学での休憩時間に御手洗たちがエカテリーナ二世について語っているシーンが描かれています。この導入はなんというかいかにも島荘らしい日本の歴史やロシアの歴史に関する薀蓄以外の何物でもなく、少々導入としては不自然に過ぎる。個人的に気になったのはこのシーンでの記述者の存在。これって将来的に関係してくるのだろうか。
で、実際に語られる事件というのはなんと懐かしくも『占星術殺人事件』の少し後、まだ昭和の時代に起きた事件。御手洗も石岡も若々しく、馬車道の事務所で暮らしている。
ある夜、老婆の訪問を受けた御手洗と石岡。老婆は事件の依頼ではなく、単なるもの珍しさから事務所を訪れていたが、彼女の世間話を聞いた御手洗は、「大変なことが起こっている」と言い出す。老婆と石岡、そして警視庁の竹越警部まで引き連れて御手洗が向かった先では本当に事件が起きていた。
ああ懐かしい。私が一番好きだった頃の御手洗と石岡がここにいる。御手洗のエキセントリックな言動と偏った愛情。そんな御手洗の行動にいちいち狼狽する石岡。二人が自ら動き、事件を追う。それが読めただけで本作は満足であった。
事件自体はたいしたことではない。特に早々に事件の構造があらかた語られてしまってからは、御手洗の気まぐれによって解決が後回しにされるだけで特に進展らしい進展もなく、短編というか中編程度の内容である。
それでも威張り散らす人間に対して必要以上の嫌悪感を見せる御手洗。弱き者に対する深い愛情を見せる御手洗といった、今ではすっかり見られなくなってしまった過去の御手洗作品の中で語られてきた御手洗の姿を読めることはやはり嬉しい。
いってしまえばそれだけの作品なのだが、それだけでも最近の御手洗シリーズよりも好印象になってしまうのだった。