『新宿鮫 風化水脈』大沢在昌(ISBN:4334740286) 【bk1】

大沢在昌の運命を変えた第一作『新宿鮫』が出てから既に16年。本作『風化水脈』でシリーズ8作目を数えるわけですが、まったく勢いは衰えない。それどころか、毎回新作を読むたびに「シリーズ最高傑作かも」と思わせてしまうところが凄い*1。まあ、それでも読み終わるとこれまでは第一作か二作目の『毒猿』がNo.1だと思っていましたが、この『風化水脈』は読み終わってみても「ベストかも」と思わされる。
高級車窃盗事件を追う鮫島は、ある日サブナード地下街で一人の男と再会する。その男・真壁はかつて中国系マフィアを殺し、自身も傷を負い、血だらけになりながら鮫島の元に出頭してきた。そして刑務所での服役生活を終え、娑婆に出てきたのだ。傷の後遺症から足を引き摺るようにして歩く真壁。その横には一人の女性・雪絵が付き添っていた。
こうして懐かしの真壁との再会で話が始まり、やがて高級車窃盗事件と過去の事件、そして真壁自身の人生が絡み合って物語りは進んでいきます。その絡み合いはあまりにも絶妙で、ご都合主義的な面もあるんですが、逆にそれがご都合主義ではなく、「必然」と思わせてしまうだけの筆力が今の大沢在昌にはある。ある意味では、繋がっていくその経緯自体がカタルシスであり、物語の主役。
『毒猿』でもそうでしたが、鮫島がサブキャストに回った時の話はホントにいい。今回は真壁、その内縁の妻・雪絵、そして雪絵の母、謎の老人・大江、そしてかつて真壁に撃たれ声を失った中国人・王。彼らの現在だけでなく、過去までがしっかりと話に根付いているからこそ、大層深みのある話になっている。
そして、大江が語る「新宿」という街、そのものの歴史が「新宿鮫」に相応しい味わいを与え、「風化水脈」というタイトルが物語に意味を与える。こうした全てにおいて本作は上質な小説として出来上がっている。
鮫島自身の物語としては久々に登場したロケットおっぱい・晶との会話で描かれていますが、かつてのような甘く切ない関係ではなく、むしろほろ苦い味わいとして登場するのが先行きを想像させます。桃井、藪といったいつものキャラはいつもどおり。そしてカメオのように出演する仙田がまた、次の鮫島との対決を期待させてくれます。
とにかく、そうした全てがエンタテイメント小説としての見本のようで、こうした小説を読める喜びを心から味合わせてくれました。普通だったら退屈になってしまう「新宿」という町の歴史や、過去の作品に登場した人物や事件の話にしても決して説明口調にならず、巧く配分されていることで、エピソードとして活きている。
最近ではこうした「基本」のしっかりとしたエンタテイメント小説、それもミステリでは、読める機会が減ってしまった気がします(大きな原因のひとつは宮部みゆきが書かないからだ)。ネタが良くても職人の腕が悪いといっちゃあなんですが、やはり作家の腕というのは読み応えに大きな影響を与えるなあ、と再確認。これだから「新宿鮫」を読むのはやめられない。
それにしても本作ではかなり過去の事件を匂わせる文章が出てくるので、シリーズをまた一から全部読み返したい気分にさせられる。積ん読が溜まっているというのに困ったもんだ。罪なヤツ。

風化水脈 新宿鮫VIII (光文社文庫)

風化水脈 新宿鮫VIII (光文社文庫)

*1:『灰夜』はちょっと落ちた感じがするけど、あれは正確には「新宿」鮫じゃないし