『1974 フットボールオデッセイ』西部謙司 【bk1】

フットボールの歴史上、最も重要な一戦はどれか?」
この質問に対し返ってくる答えは色々あるだろう。初めてのワールドカップ決勝ウルグアイ対アルゼンチン、聖地ウェンブリーでサッカーの母国が初めて負けたイングランドハンガリー、第四回ワールドカップマラカナンの悲劇。日本でいえばドーハの悲劇ジョホールバルの歓喜か。それぞれの国で、それぞれの立場で選ばれる試合は違うはずだ。
それでも多くの人がこの試合を「フットボールの歴史上、最も重要な試合」として挙げるのではないだろうか。1974年7月7日、第10回ワールドカップ西ドイツ大会決勝、西ドイツ対オランダである。
天才・クライフを擁して「トータルフットボール」を体現し、クラブシーンでは敵なしだったオランダ。一方、皇帝・ベッケンバウアーの強烈な統率力の下、二年前のヨーロッパ選手権を征した開催国・西ドイツ。大会前の予想とはやや異なるものの、試合開始時点では決勝戦に相応しい、と思われた組み合わせ。そして戦前の予想では「圧倒的にオランダ有利」。こうして始まった試合の結果は、多くのサッカーファンなら知るところだろう。
1974年7月7日は、私の3歳の誕生日である。だからさすがにこの試合をリアルタイムでは見ていないし(中継すらされてない)、私がこの試合の存在を知り、それを実際に目にするのは20年近い月日が経ってからである。しかし、それまでの間に何度となくこの試合の重要性を耳にし、映像でも少しずつ目にした。ほんの少しの映像からクライフ、そしてベッケンバウアーという二人の英雄の直接対決を夢想した。
だが、実際にこの試合を見たとき、正直「そんなに凄い試合か?」と思ったのも事実である。私がイメージしたオランダ、いやクライフはもっと華麗で印象的なプレーをしているはずだったし、ベッケンバウアーはオランダの攻撃を全て跳ね返すようなイメージを持っていた。開始一分、西ドイツの選手が誰一人ボールを触らない時点でPKが宣告される、という場面は衝撃的ではあるが、試合内容自体はそれほど際立ったものではなかった。しかし、それでもこの試合は「フットボールの歴史上、最も重要な試合」のひとつと数えられ、今でも語り草になっているのである。
本書は、この一戦を多くの関係者のインタビューと実際の試合映像を元に、さまざまな視点・角度から検証した一冊である。そうすることで、なぜこの試合がそこまで重要だったのかが見えてくる、それが作者の狙いであろう。
その意味では、非常に興味深く読めた。特に世代的にはこの時代を直接知らない私のような人間にとって、クライフやベッケンバウアーの名声を知ってはいても、フォクツ、ブライトナー、ニースケンスといったような選手達の偉業はそこまで伝わってこない。当たり前だがオランダはクライフだけではないし、西ドイツはベッケンバウアーだけではないのだ。フォクツがそこまで人気があったことも知らないし、ネッツァーの悲劇も、知らなかった。
この試合は、間違いなくフットボールが「変革した」時代のはざかい期の象徴的な試合であり、二人の強烈な個性がワールドカップ決勝という舞台でぶつかりあった稀有な事例なのだ。
というわけで、サッカーが好きで、サッカーの歴史が好きで、特にドイツやオランダが好きなら楽しめること請け合いなのだが、なぜかこの本、小説仕立てで書かれてるんですよ。作者の西部謙司はサッカーライターとしては有名な人物だが、ハッキリいってしまえば美文家ではない。これがまだしも金子達仁二宮清純なら話は別だが、下手に小説仕立てになっている分、読みにくい。素直にノンフィクションとして書いてほしかった。
折角、重要な試合とその当時の状況を描いているのに、どこまでがフィクションでどこまでがノンフィクションかわからないから、面白いとは思うけど、「本当のことが知りたい」という気持ちには完全には答えてくれない。このもどかしさ自体は受け入れられるものだが、やはり小説としては中途半端ですね。
ただまあ、前述の通り、サッカーがすき、サッカーの歴史や薀蓄が好き、オランダが好き、ドイツが好き、クライフが好き、ベッケンバウアーが好き、フォクツが好き、といった人にとっては面白く読めることは間違いない。と、同時にこの時代に生まれて、この試合やクライフ、ベッケンバウアーの全盛期を目の当たりに出来なかったこの悔しさを、少しでも埋めるための一冊にはなると思います。
ちなみに『Number』の2006年6月23日臨時増刊号(番号がないのが面倒だ)にも、この「西ドイツ対オランダ」についての記事があって併せて読むとより一層興味深いかと思われます。

1974フットボールオデッセイ

1974フットボールオデッセイ