なんかいくつかの記事やらネタやらサイトやらを見て漠然と思うのは、その記事自体、もしくはそれらに対する意見として「自分なりの正義」を喧伝する人たちの如何に多いことか、ということ。
それが嫌ということではないけれども、自分の意見を「正義」とか反対の意見や考えや行動に対して「悪」という言葉を使えるのは凄いことだよな、と思う。とてもじゃないが、私にはできません。そんな自信ないよ。
結局、自分が言ってることは自分の価値観の範囲内のことでしかありえないし、それにしたって「効率と非効率」とか「欲求と拒否」とか「好き嫌い」のレベルでしか語れない。
「私の言うことが正しい。君は間違っている」という言葉が、どんな根拠の元に発せられているのか。私の理解の及ぶ範囲はとても狭いのかもしれない。それとも何にでも根拠を求めてしまうのがいけないのか。
そもそも「論理」の底にもなんらかの通底概念があるわけで、それはもしかしたら「正義」とか「悪」に近いものなのかもしれない。だとしたら自分の心の内にもそういったものが存在していて、単に言葉として、意味表現としての「正義」という言葉を使っていないだけなのかもしれないが。
なにがなにやらわかりませんな。アツはナツいでえ。