『ヴェサリウスの柩』麻見和史 【bk1】

第16回鮎川哲也賞受賞作。某所で御大が「傑作です」と言い切ったからかなり楽しみにしつつ読んだ。
東都大学解剖学研究室での解剖実習中に遺体から摘出された謎のチューブ。その中には、「園部よ、私は帰ってきた」という解剖学教授に対する脅迫状とも取れるメッセージが入っていた。19年の時を経て遺体の中から出てきたメッセージ。果たして誰が何のために?
とまあ、確かに御大が食いつきそうな導入です。確かにこの謎は吸引力があるし、その後の展開も謎めいて、かつおどろおどろしくて面白く読める。鮎川達也賞受賞作ということで、もっと「本格本格」しているのかな、と思っていたのですが、選評で笠井潔が迷いを吐露しているように、実際は江戸川乱歩賞向きのサスペンスに近い。そういう意味でもスラスラと読めた。
謎解き、そして更なる真相、と構成的にも凝っていて、本格さえ期待しなければなかなか楽しめる作品だと思います。確かに受賞作としての完成度は高い。
ただまあ、個人的には「謎」には魅力があっても、人物に魅力がない分、面白さが半減してしまったなあ、という印象。なんというか人物表現のボキャブラリーとかエピソードが貧困。人間関係というかその人物の成り立ちが大きく関わってくるのに、それが後付けにしか読めなかったりと、人物に関する伏線が殆どないので「おや?」となってしまう。メッセージの送り主、そして送られた標的、その両者の人物像がいまひとつなので、その間にある確執が見えてこないし、探偵役がこの謎を追いかける理由も伝わってこない。さらには人物の描き方である程度「ははぁん、こいつがこう絡んでくるな」ということまで読めてしまう。もったいない。
読み始めた当初なんかは、出てくる人物が全て「実年齢よりも若く見える」といういうに表現されていたので、それと解剖学、死体が絡んだりしてるから「若返りのためのカニバリズム」的な話になるのかと思いましたよ <全然違います。なんで皆が皆若く見える必要があるのさ。
とまあ、そういう弱点はあるにしろ、ミステリとしての構成は丁寧だし、人物以外の表現力はしっかりしているので、なかなか楽しめる作品です。鮎哲賞らしからぬところが個人的にはヒットでした。

ヴェサリウスの柩

ヴェサリウスの柩