『東京ダモイ』鏑木蓮 【bk1】

第52回江戸川乱歩賞受賞作。鏑木蓮は今年の鮎川哲也賞でも最終候補に残っていたので、まさかの同時受賞なんてこともあったかもしれない。そういう意味では既にある程度の力を備えていると思っていいんじゃないかと。
「ダモイ」とは「帰郷」のこと。第二次世界大戦後、日本人捕虜としてシベリアに抑留された何十万という日本人兵士たちが心に誓った言葉「東京ダモイ」。つまり、故郷への帰還。
冒頭、そのシベリア抑留の現場から始まる。マイナス40度の世界で厳しい生活を強いられる日本人捕虜達。そして収容所で起こった殺人。この殺人事件が60年後の現在にまで深い因縁を伴ってくる。
現代の殺人事件と60年前の殺人事件。二つの事件のトリック、というか真相に関わる部分については、両者とも過去に似たようなものが存在する。材料が提示された時点である程度のミステリ読みならその真相に行き着くとは思うのだが、それがいかにして見破られるか、という「見せ方」がなかなかに巧い。特に現代の事件についてはかなりドラマチックで、乱歩賞が映像化されることも多いことを考えると絵的にもなかなか印象深いものだと思った。
構成も、60年前のシベリア抑留の記憶を耐えさせないために、自費出版で自らの句集(手記)を発行しようとする老人がいて、その手記と現代が平行して描かれ、その手記が真相解明の手がかりになるなど、凝っている。
シベリア抑留の厳しい描写は言うまでもなく、自費出版という業界の話も含め、小説としても読みどころは多く、さすがに乱歩賞、という感じはした。
ただ、個人的には新装の手掛かりとなる俳句の謎解きはかなり無理があるというか、そこにばかり注目が集まるのはどうなのかと思わないでもない。素人であり、他に材料がない出版社の二人がそれを手掛かりにするのはありだと思うが、警察までもが一緒になって手記を読み解こうとするのはどうなのか。というかこの部分での探偵役を二軸にしてしまうのはどうなのか。素人と警察、二手に分けるのなら、その特色を活かして真相への近づき方も分けた方がスマートだったと思う。
それと人間物語として主人公である自費出版者の立ち位置と、変化がまた微妙。少なからず憧れる女性上司との関係もそうだけど、妹がご都合主義に使われすぎな気もする。刑事にいたっては書き分けがあまりに不明確で、どっちがどっちだかわからなくなることもしばしば。先日読んだ鮎川哲也賞受賞作『ヴェサリウスの柩』に引き続いてこちらの作品でも「実年齢より若く見える」描写が目立つ気がするんだが、流行ってるのか?。
ストーリーや構成に関しては見事だけど、人物の描き方が甘いなあ(人間が書けてない、とかそういう話じゃありませんよ)というところも『ヴェサリウス〜』に似ていて、『ヴェサリウス〜』が「乱歩賞向き」と呼ばれた理由もなんとなく分かる気がする。いやまあ、個人的には乱歩賞こそ「人間」だろ、と思うけど。
とはいえ安心して読めるというレベルではあり、乱歩賞らしい作品でもある。シベリア抑留といったテーマの描き出しもしっかりしているので、真保裕一とかが好きなら気に入るんではないでしょうか。

東京ダモイ

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