『A HAPPY LUCKY MAN』福田栄一 【bk1】

この本の面白さを伝えるのは簡単なようでいて難しい。でもとにかく楽しく読める。それもサクサクスラスラと読める。それこそが一番の要素かもしれない。この文章のテンポ、展開も含めて小気味よく進むこのテンポこそ(決して怒涛の勢いとかではない)が最大の魅力だ。
たまたま、作者ご自身にお会いする機会があり、ご本人の人柄に惹かれ、それをきっかけに読んでみることにした、というのが実際のところ。その人柄そのものの作品だった。これは決してお世辞ではないのであえてこういうことも書いておく。
解説の香山二三郎が本作はシットコム、つまりシチュエーション・コメディ小説である、と書いており、表紙裏のあらすじ紹介ではスラップスティック小説、という紹介がされている。確かにその通り。ただ、そういったジャンル的表現に偏りすぎてないところが個人的にはとてもよかった。
主人公の柳瀬は大学三年生。決して真面目ではないが授業は留年しない程度に頑張り、お人好しの性格が手伝って人から頼まれると嫌とはいえず、県人寮である東雲寮で寮長として暮らしている今時の大学生である。
そんな彼の平凡な日常を揺るがす事件が起きる。楽勝だったはずの「国際法」の授業で、担当教授が倒れ、代わりに来たのが鬼の様に厳しい助教授。その助教授の命により、一週間後までにレポートを提出しなければ留年が決定。慌ててレポートを作成しようとした柳瀬だったが、そんな彼を嘲笑うかのように寮では問題が起き、友人の彼女は連絡が取れなくなり、アルバイト先には客が来なくなって…。果たして柳瀬は数々のハプニングを乗り越えて無事にレポートを提出することが出来るのか。
という大学生のドタバタの一週間を描いたコメディ小説なのである。メインの舞台は主人公が住む県人寮・東雲寮。そういう意味ではシットコムといえなくもないが、多くのシットコムが一日だったり、数時間だったりとリアルタイムに近い時間軸で進行することでドタバタを煽るのに対し、本作は一週間、というスパンを設定することで決して焦りすぎずそれでいてタイムリミットもあるというドキドキ感を巧く活かしている。つまり、シットコムでありながらタイムリミットもののサスペンス的な要素も併せ持ち、それでいてシリアスでもなく、シュールでもなく、かといってペーソスが溢れすぎているわけでもない、地に足の着いた作品なのである。
それは巻き起こる騒動にも同じことがいえる。平凡な大学生が主人公であるから決して大袈裟なアクシデントは起こらない。いや、刑事事件も起こるのだが、なにせ当人は探偵でも天才でもないから、大活躍するわけでもないし、半分は幸運な偶然や周囲の人間の協力で解決していく。劇的さにはまったく欠けていながら、それこそが本作の味として機能しているのだ。
次から次へとトラブルが舞い込むところは、ドートマンダーを想起するし、本人の意思とは別にモジュラー化された事件(アクシデント)を次から次へと処理していく(それもハードスケジュールで)ところはフロスト警部のようである。この両者に共通するトボけた雰囲気が本作にも間違いなく流れており、個人的にはその雰囲気がとても好きだ。
ラストも爽快で、しかも続編がありそうな形で終わるのだが、残念ながらご本人によると続編の予定はないらしい。いや、でも是非書いてほしいなあ。

A HAPPY LUCKY MAN (光文社文庫)

A HAPPY LUCKY MAN (光文社文庫)