『ブラックペアン1988』海堂尊 【bk1】

自分は今、非常に後悔している。なぜこれを、某ランキング投票前に読み切らなかったのか。まあ、ミステリなのかといわれれば断言はしにくいのだが、面白さという点では申し分なし。超弩級、いわゆるドレッドノート級、つまり重量感のある面白さというのとは違う、音速ジェット級の面白さだ。ああ、ホントに自分はバカである。
本作は一連の『チーム・バチスタの栄光』、『ナイチンゲールの沈黙』、『ジェネラル・ルージュの凱旋』と、同じく桜宮市東城大学病院を舞台にした作品である。しかし、時系列的には約20年前、つまり、シリーズ中の登場人物の多くは端役としてしか登場しない。主役は外科医一年目の世良という医師だが、そこに大きく絡むのが、現在のシリーズでは病院長である高階である。
物語の構成としてはシリーズと基本的には変わらず、医局内の問題と医師間の人間関係を同時並行で描く形で進むのだが、このシリーズはもうこの形が基本形でまったく問題はない。「人命」という尊い存在の運命を握る外科医達が、神でも悪魔でもなく「人間」として「人命」を左右するぶつかり合いを演じる、それだけでハラハラドキドキのスリルは充分味わえるのだ。
そして海堂尊の描く個性的なキャラクター群。ある種のコミカライズされた彼ら、彼女達は、それでいて薄っぺらではなくシリーズが進むごとに、つまり描かれる枚数が増えれば増えるほどに人間的な魅力が増幅していく。番外編とはいえ、シリーズ4作目*1ともなると、もう他人事とは思えない。特に本作は過去が描かれているだけに、「この頃からこいつはこうだったのか」とか「まさかこの人が昔はこういう人だったとは」という驚きと楽しみが味わえるため、ファンにとってはたまらない一冊となっている。
ちょっと紹介するだけでも、前述の高階を筆頭に、シリーズではメインを張っている田口・速水・島津の同期トリオは研修生として登場するし、田口の良きパートナーして存在する藤原看護師は、バリバリの看護婦長として登場するし、『ジェネラル・ルージュ〜』では、その看護師長の座を激しく争う、猫田・花房の二人の看護師も重要な存在として描かれる。他にも垣谷、黒崎といった脇役も含め、果ては『ナイチンゲール〜』の水落冴子までゲスト出演。ここまで豪華な番外編はちょっと思いつかない。おまけに現在を知るものとしては意外な展開まであったりするもんだから、「え?じゃあ、この後いったいなにがあったの?」というくすぐりにもなっていて溜まったもんじゃありません。
表題となる「ブラックペアン」の謎については、某医療ドラマを見ていた人にとっては「ははあん」と見当ついたりするかもしれません。かくいう私もそうでした。しかし、そういった部分はさておき、一気呵成の展開(だが、シリーズの中では最長の約一年という期間の話である)と、魅力溢れるキャラクター達のぶつかり合いを楽しんで欲しい。読み終わったらシリーズを一から読み直したくなること請け合い。ちょうど今日は『チーム・バチスタの栄光』の文庫の発売日だ。そっから読み始めるのもOK。とにかくこのシリーズは読んで欲しい。それくらいおススメしたい。金利・手数料はジャパネットたかたが負担します <嘘です。
しかし、海堂尊はニクイ。この『ブラックペアン〜』は時間軸が別だが、それでも各作品に横断するネタがてんこもり。黄金地球儀の話まで出てきますよ。これも筆が早く一気に書けるからこそできる技なんだろうなあ。やや自家中毒的な部分もありますけど、それでも面白いんだから仕方がない。東城大学病院、というか桜宮市クロニクルを作りたくなりますね。大変そうだけどやってみたいなあ。
チーム・バチスタの栄光』は映画化が決まったそうだ(→宝島社特集ページ)。このこと自体は決して好ましいことではない*2が、映像関係者にしてみりゃこんなに美味しい材料もないわな。白鳥は誰になるんだろう。

ブラックペアン1988

ブラックペアン1988

チーム・バチスタの栄光(上) 「このミス」大賞シリーズ (宝島社文庫 599)

チーム・バチスタの栄光(上) 「このミス」大賞シリーズ (宝島社文庫 599)

チーム・バチスタの栄光(下) 「このミス」大賞シリーズ (宝島社文庫 600)

チーム・バチスタの栄光(下) 「このミス」大賞シリーズ (宝島社文庫 600)

*1:螺鈿迷宮』もある意味ではシリーズ番外編だが

*2:昨今の何でも映像化現象については長くなるのでまた別途