『わが闘争』角川春樹(ISBN:4872575660)

まず断っておくと、私は角川春樹シンパである。シンパといっても別に何をしているわけではないが、多感な思春期を角川映画で育った人間にとって、そしてまた『帝都物語』をこよなく愛するものにとって、角川春樹という存在はある種の偶像であり、その意味では人間を超越した存在なのである。
だから、冒頭いきなり「俺の魂はスサノオの生まれ変わりである」とか書いてあっても引いたりはしない。それどころか「さすがは角川春樹」ってなもんである。さらに「俺は神である」と書いてあっても「おいおい」とか思ったりはしない。むしろ「そうでなくては」と思うほどである。まあ、ここでいう「神」とは一般にいう「神」とは違い、「人間の魂は、宇宙意識と繋がっており、宇宙意識とはつまり神のことである。つまり全ての人間の魂は神と同一なのだ」ってことなんだけど。まあ、この論自体がぶっ飛んでるってのもあるけど。
そんなわけで、角川春樹の自伝というか自慢というか、自意識の発露として生まれた本書であるが、前述したように私は角川春樹シンパなので、わざわざサイン本が西にあると伝え聞いて送ってもらった次第(政宗九さん(id:mmmichy)ありがとうございました)。表紙を開いてまず目に飛び込んでくるのが「生涯不良」という力強い文字である。角川春樹は刑務所を出所してから、この「生涯不良」をモットーに生きている。角川春樹事務所のサイトで「小さな会社の会長日記」という日記が連載されているが、そこでもことあるごとに「生涯不良」という言葉が現れる。これまでも充分不良だった角川春樹だが、ここにきて金や家族といった束縛を完全に振り切って「好き勝手生きる」ということを名言しはじめた。こうなったらもう怖いものなしである。
本書はまず、刑務所での生活とそこで考えてたことについて書かれ、そこから遡って幼少時代から角川書店に入社するまでの半生、そして家族をはじめとする身近な人間達についての話が書かれ、最後に将来のビジョンが描かれている。シンパでもなく、角川春樹という人物のことをよく知らない読者であれば「俺にはUFOが見える」とか「宇宙人と交信できる」とか前述した様な「神」発言を読んだだけで「この人大丈夫?」とか思ってしまうかもしれない。しかし、私の場合はここまで細かくはなくとも中高生の頃より角川文庫、角川映画と密接に触れ合うことによって、角川春樹の人となりをある程度知っていたから、今回はそれが自らの証言によって裏づけされたという感じ。「思った通りの、いやそれ以上にスケールのデカイ人だ」というのが率直な感想。全てを全面肯定するわけではないが、ここまで突き抜けた人であって、それを自らがなんら恥じることなく、むしろ自慢気に語られたらこちらとしては「凄い」と思うしかない。いやー、角川春樹のシンパで良かったよ。
エキセントリックなところばかりを挙げてきたが、ビジネスという面から見たらこの人はやっぱり凄い人である。いうまでもなく、本と映画と音楽をメディアミックスという手法で一世を風靡したのは間違いなくこの人の手腕だし、それ以外にも角川書店を如何に大きくしたかということがこれを読めばわかる。全部が全部角川春樹の功績ではないだろうが(でも本の中では「俺一人で毎年売り上げを1.5倍にした」と語っているけどね)、決して単なる二世としてメディア業界を席巻したわけではないということだ。この辺を語り出すと私自身が長くなるし、本書とは外れる話なので割愛する。
もうひとつ、角川春樹には俳人という一面がある。現在も母が残した俳句雑誌『河』の編集長を務めているし、句集も出版している。本書でも随所で自句が引用されていて趣き深い。俳人としての角川春樹もまた「俺は天才だ」と言い切れるところがまた凄いのだが。
で、読み終わって感じたのは、自分がなぜこれほどまでに角川春樹という人物にシンパシーを感じるのかが良く理解できた、ということである。私も少なからず角川春樹的な側面を持っているということだ。もちろん、ここまでスケールはデカくないし、なりたいとも思わないが。どの辺りが、というのは激しく自分の内面に直結するのでここでは語れないが、読みながらも「うわ、同じこと考えてる」とか「こういうことしたなあ」と思うところが散見して、気恥ずかしさすら感じた。まあ、知らず知らずのうちに角川春樹的なものを自分が取り込んでいってしまった結果なのかも知れないが。
そんなわけで角川春樹シンパと、角川春樹という「存在」を怖いもの見たさで覗き見してみたい人以外にはまったくオススメできない本書であるが、個人的には非常に満足であった。さすがは『帝都物語』で将門と闘うだけのことはある。
余談ではあるが、実は私の職場と角川春樹事務所は目と鼻の先にあり、角川春樹がしゅっちゅう出没する場所も知っている(というか目の前)。だからいつも「会わないかなあ」と思いながら過ごしているわけだが残念ながらお会いできたことはない。まあ、お会いしてもオーラに圧迫されて何も言えないだろうが。サイン本も送ってもらうくらいなら、ちょっと歩いて直接サインをもらいにでも行けばよさそうなもんだが、それをする勇気もありませんでした。私にとっての角川春樹は、荒俣宏ジャッキー・チェンと並んで心の師として永遠に生き続けると思う。
色々書きましたが、私は一般人なので誤解しないでください。