『トーク・トゥ・ハー』(2002 スペイン)

監督:ペドロ・アルモドバル、出演:ダリオ・グランディネッティ、ハビエル・カマラ、レオノール・ワトリング、ロサリオ・フローレス
公開当時とても気になっていて観に行きたかったのだが行けずじまいで、そのまま忘れかけていた。確か以前に見たかった映画があったな、と思い出してようやく見た。
スペイン映画でありながらアカデミー賞脚本賞を受賞した本作品。「昏睡状態の女性に話しかける」というシチュエーションだけ聞くと今時の「泣ける映画」と思ってしまいそうだがあにはからんや、そんな単純な映画ではなかった。これはとても単純でいて深遠な映画ですよ。
冒頭、前衛的なバレエのシーンから幕を開ける。そのバレエを鑑賞する二人の男。一人はこのバレエを理解できず隣の男を見やる。隣の男はバレエを見て涙を流している。理解できない男の名はベニグノ。泣いている男の名はマルコ。隣り合った席に座っただけの二人はやがて思いも寄らぬ再会をすることになる。
次のシークエンスに入ると、看護士の格好をしたベニグノが一人の女性をマッサージしつつ、見てきたバレエの内容を彼女に向かって語りかける。理解出来ていなかったはずのバレエの内容を「面白かった」と語るベニグノ。やがて彼が語りかける相手・アリシア植物状態に陥り眠り続けている女性だということがわかる。ベニグノの献身的な介護。それはアリシアに対する愛であることがわかる。
ここまでは確かに『トク・トゥ・ハー』というタイトルに偽りなしの平凡な映画の幕開けだ。しかし、物語はここから予想しない方向に進む。そして、結局最後まで当初の平凡さには帰ることなく終わるのだ。
ペドロ・アルモドバルは『オール・アバウト・マイ・マザー』という映画で注目を浴びた監督らしいが、とにかくその作劇法が巧妙だ。冒頭のシークエンスの見せ方、ベニグノという人物造型とその明かし方。そしてもっとも巧いのがこの物語にマルコという人物を絡めたことと、その絡め方だ。この物語の根幹だけを取り出せば、ベニグノとアリシアという二人の物語になる。しかしそこにマルコ、そしてリディアという存在を加え、マルコがベニグノとアリシアに引き寄せられる必然性を作ったのが巧い。
さらには劇中に挿入されるサイレント映画の淫靡さや、アーティスティックな映像美。闘牛とバレエという対比。これらがしっかりと物語に寄与している。その結果が肌に合わない、という人もいるかもしれない。私も合うか合わないかでいったら合わないほうだと思うのだが、それ以上にこの見せ方の巧さが際立っていた。
詳しいあらすじは書かないが、多くの人がこの映画を見てベニグノの愛の形に対して嫌悪感を覚えることだろう。確かに彼の愛は現在の、それも常識的な視点から見れば犯罪であり、「キモイ」ものである。「ただこれもひとつの愛の形」などというつもりはないが、よくいう「愛とは与えられるものではない、与えるものなのだ」という言葉を信ずれば彼はまったく間違ったことをしていない。彼にとっては彼女から何かを与えられる必要はないのだ。むしろ、彼という人間を拒否せず受け容れてくれる(それが文字通りの無意識であろうと)彼女という存在はなにものにも代え難い存在であったろう。
そう、この映画の最大の肝はアリシアという女性の存在である。そんなことは当たり前なのだが、この映画では彼女の視点と感情が完全に排除されていることが物語を深遠に見せる最大の効果となっているのである。
『眠れる森の美女』の話を読んで、「美女の意識がないのに勝手にキスするやつなんてサイテー」という感想を持つ人はあまりいないだろう。それは勿論キスする男性が王子だから、というのが最大の理由ではあるが、美女の意思が無視されていることには変わりがない。この映画でもアリシアの意思は確かに無視されている。しかし、彼女が真に思っていることは最後までわからない。ベニグノの愛の発露が生んだ結果、それだけが提示されている。
感動的であるかどうかは別として、あらゆる部分において考えられた、特に人物の配置と造型には卓越したものを見せてくれる映画。ベニグノの生い立ち、マルコがライターであること、アリシアバレリーナであること、彼女の父親が精神科医であること、リディアが闘牛士であること、その全てに意味があり、機能している。その巧さに舌を巻いた。
そして互いの感情の遣り取りにおいて全てに「なぜ」の答えを見せなかったのもこの映画に奥行きを与えている。ベニグノは「なぜ」アリシアに惚れたのか。マルコは「なぜ」リディアに興味を持ったのか。リディアは「なぜ」よりを戻したのか。そしてベニグノとマルコは「なぜ」互いを理解しあったのか。そうした「なぜ」が想像は出来るが決して明確でなく描かれている。とても興味深い映画だ。
最後につまらんことだが、アリシアを演じたレオノール・ワトリングがとても愛らしかったことを記しておく。ラスト近くの彼女は本当に魅力的だった。彼女は『死ぬまでにしたい10のこと』でハリウッド進出もはたしているようなので、そちらもチェックしてみたい。

トーク・トゥ・ハー スタンダード・エディション [DVD]

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