『東京バンドワゴン』小路幸也 【bk1】

ベタ万歳!平成のホームドラマここにあり。
小路幸也ことRE-QUINさん(だから逆だっての)の最新作。いつもながら客観レビューは難しいが、今回はもう文句無し、手放しで楽しめた。
東京の下町で50年以上続く老舗の古本屋「東京バンドワゴン」。70を過ぎても矍鑠として店を守り続ける主人・勘一。勘一の長男でかつては「伝説のロッカー」と呼ばれた変わり者の息子・我南人。我南人の息子でライターをしながら家業を手伝う紺。その嫁で実家から結婚を反対され絶縁状態の亜美。紺の妹でシングルマザーの藍子。そして二人と腹違いの弟でツアーコンダクターの青。紺と亜美の息子・研人。藍子の娘・花陽。
四世代がひとつ屋根の下で暮らし、そこで巻き起こるちょっとした事件の数々を連作の形で描いた作品。
平成のホームドラマと書いたが、上記の設定でもわかるように、現代の核家族を描いたわけではなく、大家族を描いた、その意味では「昭和」のホームドラマの形式になっている。しかし、時代はあくまでも現代で、幼児誘拐、ストーカーなど、現代の問題を絡めながら小路幸也なりの「今の家族」と「下町人情」を憧れと「こんな世の中が素敵じゃないか」という提案をもって書かれている。
とまれ、著者自身が「ホームドラマへのリスペクト」というように、勘一はまさしく寺内貫太郎だし(さすがに「貫」の字を使うのは憚られたのかしら?)、賑やかなちゃぶ台を囲んでの食事風景、そして下町人情溢れる「向こう三軒両隣」の風情などは「ホームドラマ」としか形容できない。昭和の時代、お茶の間でホームドラマを楽しんだ世代なら懐かしさも含め、楽しめることは間違いない。
小路幸也の良さでもあり弱点でもある、「悪人の不在(悪意は存在してもそれを持つ人間が実際には登場しない)」もこの物語では違和感もなく、むしろそれを巧く活かし、さらにお祖母ちゃんの一人称語りにすることで柔らかで温かい雰囲気を作り出している。この一人称語りについても巧く活用したなあ、と思う。反面不安がないわけではないが。一人称以外の文体もそろそろ読んでみたい。
とにかく登場人物の全て(多いけど)がとても素敵で、やや「いい人ばかり」で「まともな人」なのは玉に瑕だが、彼らがそれぞれに抱えた問題を皆で解決していく、その温かさにホロッとくる。まともな人間達の中で唯一おかしな存在である我南人の「LOVEなんだねぇ」という言葉がこの物語の全てなのかもしれない。我南人のモデルはもしかして内田裕也で「シェゲナベイベー」の代わりに「LOEなんだねぇ」という口癖なのか?。
まあ、我南人をはじめとして、亜美は実家(金持ち)と絶縁状態だったり、藍子はシングルマザーで、しかも相手の名を誰にも明かしてなかったり、腹違いなのに一緒に暮らす青は女性にモテすぎて大変だったりと、よくもまあこれだけ家族の中でも色々あるな、とか思ったりもするんですが、それこそが面白味なわけで野暮は言わない。むしろ、そのひとつひとつが解決していく中で改めて「家族の絆」が深まるところを楽しんで欲しい。勘一には泣かされっぱなしだったよ。
ベタであるがゆえに、ベタに楽しませるというのは結構難しいんだけど、それをキッチリやってのけ、その上で「小路幸也」という作家の良さを楽しめる。ただ、これが良すぎて、今後もこういう路線を求められてしまうことになるのはちょっと心配。こういうのも読みたいけどね。
不満をあげるとすれば、もったいない!ってことくらいですよ。ホームドラマなんだから最低でも全12回くらいあってもいいじゃない。まだまだこの家族の物語が読みたいよ。そのせいもあってか、ちょっと詰め込みすぎな嫌いはあって一つ一つのエピソードが性急かなあ、と思う部分もある。特に亜美の実家との仲直りは唐突過ぎるし、ミステリ的(ミステリじゃないかもしれんが)にももうちょい見せられるはず。まあ、藍子とマードックの話もあるし、是非続きを書いて欲しい。
この本が出版される直前に久世光彦が亡くなったのが個人的には残念。どうせなら久世光彦に帯を書いてもらって、その上でドラマ化してもらえれば最高だったのに。

東京バンドワゴン (1)

東京バンドワゴン (1)